監督 ビリー・ワイルダー

脚本 レイモンド・チャンドラー、

ビリー・ワイルダー

原作 ジェームズ・M・ケイン

『倍額保険』(1936年)

ウォルター・ネフ(フレッド・マクマレイ)私

フィリス(バーバラ・スタンウィック)

バートン・キーズ(エドワード・G・ロビンソン)

ディトリクソン(トム・パワーズ)

ローラ(ジーン・ヘザー)

ニーノ(バイロン・バー)

ジャクソン(ポーター・ホール)

1944年/アメリカ

 

お勧め度

★★★★☆

 

 

その晩家に帰ると電話が鳴った。

フィリスだった。近くまで来ているという。

私の部屋に来ることになった。

電話を切ったとたん。ドアベルが鳴る。

フィリスにしては早すぎる。

ドアを開けると、立っていたのはキーズだった。

 

キーズはむっつりとして、

挨拶もせずに部屋に入ってきた。

そして、いう。

「ディドリクソンは足を折っていた。

しかし、保険金の請求が来ていない。

何故だ」

私は冷静を保っていった。

「忙しくて暇がなかったんじゃないか」

キーズは、そうかもしれない、と返すが、

「何かがおかしい。

自分が保険に入っていることを知らなかったんじゃないか」

という。

しかし、私が直接サインをもらっている。

証券も相手方にある。

「確かにそうだ、知らなかったということはあり得ない」

とキーズは自分の考えを否定する。

「殺人を疑っているのか」

「俺はいつも受益者を疑う。

あの女房は結構な食わせ物だ。

俺の26年の経験と胸のつかえが

訴えてくる。

彼女はそのうち警察に追われて

すべてを自供するだろう」

 

キーズ

 

そう言い残してキーズは去っていく。

今のところ、キーズは私を疑っていない。

それは幸いだが、フィリスが疑われている。

廊下で私たちの会話を隠れて聞いていた

フィリスは不安に陥る。

 

フィリス    私    キーズ

 

「キーズはどのくらいを知っているの」

「彼の勘以外なにもない」

私は答えるが、黒い染みのような不安が

胸中に広がっていくのを感じた。

 

フィリス

 

私は「しばらくの間、会わないことにしよう」

とフィリスにいう。

フィリスはそれを嫌がる。可愛い女だ。

何とかして、うまくいかせたい。

 

翌日、会社へ行くとローラが待っている。

不安そうな表情だ。そして何かを訴えたがっている。

私は何気ない風を装って挨拶をした。

そして自分のオフィスへ案内した。

ローは話し始めた。

 

ローラ

 

「父の件と同じようなことが6年前

母が死んだときにおこった。

そのとき、湖畔の別荘にいて冬だった。

母は肺炎で寝ていて、

私が母の部屋へ行くと布団が床に落ちて

窓が開け放たれていた。

母はひどい熱だった。

看護師はいなかった。

私は布団をかけて窓を閉めた。

そのとき後ろのドアに看護師が立った。

その悪意に満ち目を私は忘れていない。

誰が看護師だったと思う。

フィリスよ。

あのときのことが再現されたのよ」

 

フィリスはディドリクソンの前妻の専属看護師だったのだ。

その半年後フィリスは

ディドリクソンの細君の地位に就いた。

 

フィリス

 

私は、ローラの話を聞いて危機感を覚えた。

この話を誰にもさせてはいけない。

私は、ローラを食事誘い、別の日には

ドライブに誘った。見張るためだ。

この話を誰にもさせないために。

 

ある朝、会社へ行くとキーズに呼ばれた。

ローラのことかと私は思った。

しかし、実際は、もっと悪いことだった。

列車の最後尾いた男が、

キーズの部屋の前の椅子に腰かけて

煙草をくゆらせていた。

 

部屋に入るとキーズはいった。

「あれは殺人事件だ。

実に巧妙に仕組まれている。

しかし、俺を誤魔化すことはできない。

俺の推理力は偉大なんだよ」

 

キーズは自信に満ちていた。

その分、私の自信はさらに小さくなっていった。

 

「ディドリクソンは列車に乗らなかった。

女房と誰かが共謀して彼を殺したんだ。

そして線路に置いておいた。

そして轢かれた」

私はひきつる顔を笑みで覆い

「それは出来過ぎだろう」といってみた。

「そうさ、映画のように出来過ぎだ。

時計のように完璧なトリックだ」

 

私はゆっくりと椅子のひじ掛けに腰かけた。

心臓が高鳴り立っていられなくなったのだ。

 

「列車に乗ったディドリクソンは偽者だ。

周りの人たちは、松葉杖にしか注目していない。

誰もディドリクソンには注意していない。

松葉杖だけだ」

部屋の外には、列車の最後尾にいた男が座っている。

彼は私の顔を見ている。心臓が縮みあがりそうだった。

そしてキーズはいった。

「偽のディドリクソンを見た唯一の男が

部屋の外に座っている」

 

列車の最後尾に入ってきた話好きの男ジャクソンを

キーズは招き入れた。

亡くなったディドリクソンの写真を見て、

ジャクソンは、

「私が会ったのはこの男ではない。それは確かだ」

と断言する。

「もっと若かった。その男はわざと私に背を向けて

顔を見られないようにしていたふしがある」

私の心臓は口から飛び出しそうになっていた。

脇の下には嫌な汗が流れている。

しかし、幸いなことに

ジャクソンは私の顔を見ても

気が付くことはなかった。

私と握手をしたあと、キーズと話し続ける。

途中からジャクソンは、チラチラと私のことをうかがい始めた。

キーズが話の最後に

また必要があったら来てもらうことを

ジャクソンと約束をする。

私は生きた心地がしなかった。

ジャクソンは愛想よく引き上げていった。

「ほら見ろ! ほころびができてきた。

犯人は破滅の片道切符に乗ったのさ。

女房ともう一人だ。

フィリスが保険金を請求してきてもはねのけてやる」

キーズは息巻く。

 

どうにかして、事態を好転させなければならない、

私は焦燥していた。

私は公衆電話から符号を使ってフィリスを呼び出した。

例の食料品店で買い物をしている風を装うい会った。

 

 

「無茶苦茶な状況だ。キーズは保険金の請求をはねるといっている。

だからとって訴えるな。すべてが明るみに出る」

フィリスは反駁してくる。

私は、ローラから聞いた話をした。

フィリスは、ローラは嘘つきだという。

「臆病風に吹かれたのね?」

それでも私はもう手を引くよういったが

「私たち二人でちゃんとやれるわ。

私はあなたに会って夫を捨てた。

きっちりやるのよ」

フィリスはサングラスを外し

肝の据わった一瞥を私にくれ

去っていった。

私は前に進むしかなかった。