仕立て屋の中年男イールは周りの者から嫌われている。彼は孤独な生活に慣れていて、周りの者が自分を嫌っていてもさして気にしていない。自分も周りの人間たちが嫌いだ、といっている。
イールの住むアパートの近くで若い娘が殺される事件が起きる。刑事がイールに話を聞きに来る。変わり者のイールを疑っているのだ。
イールのひそかな楽しみは、隣のアパートに住む若い女性アリスを覗き見ることだ。アリスを見つめるイールのその静かな横顔は、信心深いクリスチャンがキリスト像を前にしたかのように敬虔に見える。
アリスにはエミールという恋人がいる。エミールには秘密がある。それをアリスも知っている。そして、イールも知っているのだ。
その秘密はアリスを不利にするものなので、イールは知らないふりをしている。
アリスはイールがその秘密を知っていることに気が付く。そしてイールに接近していく。
「この男はどこまで知っているのか?」
イールのアリスに対する真摯な気持ちにアリスは揺らめく。アリスもイールに対して好意のようなものを感じていく。
イールは職場でマウスを飼っている。白い小さな鼠だ。鼠たちをじっと見つめるイール。何を思うのか。印象に残るシーンだ。
死んだ鼠を端切れに丁寧に包む。そしてそれを川へ投げる。水葬なのだ。
刑事がイールに付きまとう。イールの前科についてイールを小ばかにしたような口をきく。イールは黙してしゃべらない。
その夜、イールは見ていたのだ。アリスの恋人のエミールが若い娘を殺し、その隠ぺいのためにアリスに助けを求めたのだ。イールはいつも通り、向かいのアパートから一部始終を見ていた。
イールはアリスに恋をしていたので警察に通報できなかった。アリスを失いたくなかったのだ。
「愛している」とイールはアリスにいう。
「ダメよ、愛さないで」とアリスはいう。
エミールに警察の手が伸びる。エミールはアリスを置いて逃げて行ってしまう。
落ち込むアリスにイールはいう。
「よくよく考えたのだが、僕と一緒に逃げよう。彼は卑怯だ」
イールは続ける。
「どこの誰よりも君を守って見せる。好きだよ」
イールは電車の切符を渡して立ち去っていく。
「僕は決して裏切らない。君を見捨てないよ。駅で待っている」
待ち合わせの時間にアリスは来なかった。
自宅に戻ると、そこには刑事とアリスがいた。
アリスはイールを裏切って、若い娘の殺された事件の犯人にイールを仕立てたのだ。
イールはアリスを見つめながらいう。
「笑うだろうが、君を少しも恨んでいない。死ぬほど切ないだけだ」
「でもかまわない。君は喜びをくれた」
拘束しようとする刑事を振り切ってイールは逃げる。アパートの屋根に上り、足を滑らせて地上へと落下する。落下してく途中で、イールはアリスの顔を見る。
「刑事さんがこの手紙を読むころには、私とアリスは国外にいます。ロッカーのコートはエミールが女を殺した日のものです。あの晩、彼が捨てた空き地で拾いました。法律上は共犯ですがアリスに罪はあません。無実の彼女を守るため旅立ちます。どうか探さないでください。2人の幸せを祝福してくださると信じます。私たちは一緒にいられるだけで幸せなのです」
イールは、いい年をして大人にはなり切れなくて、アリスに恋して守護して幸せに暮らすことを夢見て、裏切られて死んでいく。
人嫌いなイールは、ドリームガールをいつまでも忘れないでいて、人にかまうことに興味がなく、人にかまわれるのもの好きでない自分とどこか似ている気がして、シンパシーを感じます。
監督のパトリス・ルコントはどんな人なのだろうか。この映画のあとに撮った『髪結いの亭主』も傑作でした。男女の行き違う愛情の行方はどこまで切ないものなのだ。
監督 パトリス・ルコント
イール - ミシェル・ブラン
アリス - サンドリーヌ・ボネール
エミール - リュック・テュイリエ
刑事 - アンドレ・ウィルム
フランス/1989年