赤い月は二度泣く22 | シンイ〜甘味処

シンイ〜甘味処

韓国ドラマのシンイにはまり、無謀にも自分で二次を書いてしまいました。
素人の書く拙い話しです、お暇なときに読んで
くすっと笑っていただけたら嬉しいです



赤い月は二度泣く22














緩やかに堕ちていく白い腕
薄く開いた紅い唇に軽く口付けし
ゆったりと己れを抜いていく
気を放っているのに
繋がりが解けると
小さく唸る愛しい人

寝台の仄かな灯りに照らされた
汗に濡れた美しい身体
繊細な硝子細工のような
この美しい身体を清めるのは
俺だけに与えられた特権だ。

此処何日か
疲れていたウンスを気遣い
営みを我慢していたチェ・ヨンだが
前日準備が思ったよりも早く終え
早く帰宅したウンスを欲した。

ーー少し、無理をさせたかな。

歯止めの効かない己れの欲に
自嘲気味に笑う。

横たわる美しい妻を
蕩けそうな瞳で見つめながら
乱れた髪を手のひらで
そっと撫でていると
真夜中なのに外に気配を感じる。

黒い夜着を引っ掛け
窓の外を覗くと
宿屋の裏手にある、月明かりに
照らされた梅の木を
見上げる師父がいた。

つい先日まで
咲き誇っていた梅の花は
緑の葉に変わり
小さな実を成している。

チェ・ヨンは素早く上着を着ると
鬼剣を掴み師父の元へと向かう。







孤独を携えた男が
独り木を見上げている

「眠れませんか。」

「いや・・・」

梅の木を見上げる師父の背中に
声をかける。

「ムン・チフ殿、
何か不便でもありますか。」

「テホグン殿には
良くしていただいて
・・・感謝しております。」

問いかけに振り向き
深くお辞儀を返す。
互いに無口な男が二人向き合い
真っ直ぐな瞳を交わし合う。

しばらく佇んでいた二人だが
ムン・チフが軒下まで歩み
並んでいる庭石におもむろに
腰を下ろす。

つられるように歩み寄り
チェ・ヨンも隣りに座り
鬼剣をガチャリと立て掛けた。

「良い剣ですな。」

鬼剣に視線を落とし問う。

「はい、俺の師匠の形見です。」

「形見か・・見せていただいても?」

ムン・チフの問いに無言で鬼剣を
差し出した。

ガチャリと鞘から抜くと
キィー・・ンと鍔が鳴り
月明かりに照らされ白銀に輝く刃を眺める。

「良く手入れされております。
これだけ大切にされていたら師匠も
喜んでいるでしょう。」

食い入るように眺めていたが
やがてカチリと鞘に刃を収めると
鬼剣を返した。

大切に握った鬼剣を撫でながら
チェ・ヨンが独り言のように呟く。

「・・俺は師匠から『家族を守れ』と
いわれましたが・・守れませんでした。
最後に俺だけが生き残り約束を
守れなかった。
・・何故、師匠は死を選んだのか。
家族を守れなかった俺だけが
幸せになって良いのか、
死んでいった者達は俺を恨んで
いるのではないか・・・。
・・そうずっと考えていました。」

チェ・ヨンの苦悩を覆うように
雲が月を隠す
漆黒の瞳が僅かに揺れる。

「・・きっと師匠はテホグン殿に
生きて欲しかったんだろう。
何があっても生きて生きて・・
自分の変わりに
この国の行く末を見てくれと。
剣を振るうとは業を背負う事だ
生も死も全てを受け入れ
己れに飲み込む。
一生背負わなければならない。
テホグンなら其れができると
師匠も思ったのでしょう。
・・師匠の死は・・自分が死んでも
護りたい何かが有ったんだな。」

「何を・・護りたかったのでしょうか?」

雲に隠されたチェ・ヨンの面差しが
あの若き日の頃に戻り
ムン・チフは威厳のある瞳に変わる。

「それは・・テホグン殿の
師匠にしか分からん。
だが、この国を守り民を思う
テホグン殿を見たら
師匠も喜んでいると思う。」

「そうですか。」

少しだけはにかんだ笑顔を浮かべ
安堵したように応えると
逆にムン・チフが問う。

「テホグン殿には・・重いですか?」

「重いです。」

「それでも戦うのはウンス殿の為か・・」

愛しい人の名を出されれば
自然と瞳が緩む。

「ああ。
・・俺の生きてく全ては妻の為です。
俺が戦うことで妻が・・
ウンスを護る事に成るのなら
幾らでも戦う。」

「では、死ねぬな。」

「俺は死なない。
俺の為にこの地に留まってくれた
妻の為にも死ぬことはできん。」

「・・そうか・・そうだな。」

漆黒の瞳の奥に強固なる意志が煌めく。

「ムン・チフ殿も重いのですか?」

「重い。
だが成さなくてはならぬ事からは
逃げん。
・・今は何処まで成せるか
分からんが
やるだけやってみるだけだ。
まだまだ俺にはやらなくては
ならぬ事が有るのでな。」

すっくと立ち上がり
部屋へ戻ろうとするムン・チフに
今一度問う。

「ムン・チフ殿なら何を守りたいですか?」

去って行くムン・チフが
聞こえるか聞こえないぐらいの
小さな声で呟く。

「・・・・笑顔・・かな。」






真っ暗な部屋へ戻り
自分の持ってきた鬼剣を抜く
先程見てせもらったテホグンの剣。

古くなってはいたが
矢張り、あれはこの剣だ。

綺麗に手入れをされ
刃こぼれ一つない
あの剣を刀身を歪めること無く
使いこなしているのは
相当な使い手だということだな。

「・・俺が譲ったのか・・?」

テホグンは『形見』と言っていた。

チェ・ヨンとウンスの言葉の端々から
瞬時に導き出される答え。
どさりと寝台に寝転がり
夜目のきく鋭い瞳で宙を睨む。

「・・いく末が分かったところで
生き方は変えられん。
・・・俺の性分だ。」

独りごちるとごろりと横になる
すると胸元の硬い物が
此処にいるよと主張するように
ムン・チフの心の扉を叩く。

無骨な手が袷の隠しに入れてある
小さな瓶を取り出す。

白い陶器に黄色の小菊の模様が
描かれている薬瓶。

蓋を開ければ
枯れかけた四つ葉が入っていた。

真っ暗な夜闇に
白く光るような陶器は
ウンスの手のように滑らかで
握りしめた親指で慰撫するように
そっと撫でてみる。

触れるだけで
渇いた大地のような心に
じんわりと暖かな何かが広がり
満たされていく。

「・・ウンス殿・・」

名を口にするだけで
甘やかな香りが其処此処に漂う
知らぬうちにムン・チフの口元に
笑みが浮かんでいた。