たいへんご無沙汰しております。
七段戦の感動をつづることにしました。



第5回全日本選抜剣道七段選手権大会(横浜七段戦)

2月4日(日)

「優勝候補は誰だと思います?」

この大会の共同主催者である剣道時代の小林編集長に尋ねる。
すると、
「この大会は16名全員が日本のトップレベル。
 全員が優勝候補というコンセプトですから
 答えられません」
小林は笑ってそう答えた。


なるほど。

私も誰が勝つかなど、皆目見当がつかない。
いや当の選手たちも全くわからないだろう。

と言いながらも、
私は今回初出場の内村選手が最も優勝に近いのではないかと予想していた。
なぜなら、37歳の最年少。
しかも、わずか3ヵ月前に行われた全日本選手権で決勝まで行った
いわば現役バリバリである。
全日本の決勝こそ、西村のスピードに翻弄された感はあったが、
試合の巧さは出場者の中でも際立っていた。

それから、昨年優勝の寺本選手。
42歳にして、いまだ衰え知らず。
いやむしろ、間の取り方、打突の機会、試合勘などは、
むしろ進化しているだろう。
強靭で隙のない寺本は、昨年とてつもない強さで優勝し、
会場全体を驚嘆させた。

そして、木和田選手。
昨年は準決勝で、大阪府警の先輩である清家に敗れたが、
木和田の必殺技であるコテの鋭さ、的確さは、誰も及ばないだろう。
同門で木和田を知り尽くしている清家だから、
あの木和田のコテを封じたが、
そう簡単にはいかないだろう。

さらにもう一人挙げるなら、やっぱり高鍋選手。
昨年は決勝トーナメント1回戦で寺本のメンに屈したが、その差は紙一重。
一昨年には本大会初の2連覇を達成。
昨年までの4回すべて予選リーグ通過。
往年の輝きにさらに磨きがかかっている感じだ。
得意の高速メンやツキも冴えきっている。

出場選手を見た時に、
私は密かにこんな予想を立てていた。

さて、出場選手とリーグをここでおさらいする。

Aリーグ
内村良一(警視庁・37歳)
古澤庸臣(熊本県警・40歳)
北条忠臣(神奈川県警・41歳)
清家宏一(大阪府警・44歳)
Bリーグ
木和田大起(大阪府警・39歳)
東永幸浩(埼玉県警・40歳)
権瓶功泰(警視庁・40歳)
小田口享弘(三井住友海上・43歳)
Cリーグ
岩下智久(千葉県警・39歳)
米屋勇一(埼玉県警・41歳)
小関太郎(警視庁・41歳)
寺本将司(大阪府警・42歳)
Dリーグ
橋本桂一(伊田テクノス・37歳)
古川耕輔(大阪府警・38歳)
松脇伸介(警視庁・39歳)
高鍋進(神奈川県警・41歳)

しかし錚々たるメンバーをよく集めたものだ。
まさに夢の競演。

説明する必要もないだろうが、
全日本チャンピオンが4人
寺本・高鍋(2回)・木和田・内村(3回)
さらに世界・全日本選手権上位進出者がズラリと並ぶ。
さらに今年の特徴としては、
過去4大会で実業団選手が1度も出場することがなかったが、
今年は、小田口、橋本の2名が選出された。

出場選手だけではない。
審判団も超一流。
もっと言えば、一昨年の全日本選手権者である勝見洋介が、
普通にスタッフとして働いているのにはギョッとする。
そして観客も。
廊下を歩いていると、「こんちは」と挨拶されたので、
ふと見ると警視庁の竹ノ内と加納ではないか。

選手控室を覗くと、選手同士なごやかな雰囲気の中にも、
絶対にオレが勝ってやるといった緊張感が漂っていて、
ちょっと近づきがたい感じだ。


さて、各リーグの組み合わせを見て、
真っ先に目に留まったのがBリーグ。
これはすごい!
4人中、小田口、東永、木和田の3人が中大出身。
特に、小田口と東永は同じ鹿児島商工出身、
東永は3歳年上の小田口の強さに憧れて、
鹿商工、中大と追いかけた。
そして、東永の1学年下の木和田の2人は、
中大チームメイトとしてともに戦った。
さらに、東永と権瓶は同学年で、
全日本学生選手権の決勝を戦った因縁のライバル。
その時は権瓶が優勝した。

他のリーグも楽しみ満載。
例えばAリーグにおける、出場最年少の内村37歳と最年長の清家の戦い。
七段という、剣道における転換期。
パワー&スピード剣道から、
より美しく、より洗練され、研ぎ澄まされた
芸術的で、クオリティーの高い、
剣道の理想形に向かって深い境地に入りつつある清家。
対する、いわば現役バリバリを卒業したばかりの内村が
いったいどういう戦いをするのかは興味津々。


さて、今大会の予選結果であるが、
Aリーグは4人が総当たりするわけだが全員が引き分けという珍しい結果となった。
勝ち点は全員が同じだが、取得本数で、北条と古澤の2人が抜け出た。
優勝候補と目していた内村も、圧巻の上段で昨年決勝まで行った清家も、
負けずして、いや1本も取られずにして予選敗退となった。
残念である。

Bリーグは、前述の通り、因縁の絡み合った4人。
東永は、憧れの小田口には引き分け。後輩の木和田にコテを取られ。
学生選手権決勝の再来は、権瓶が巧さで勝利した。
権瓶は小田口に対しても2本勝ちを決めるなど本日絶好調で予選1位通過。
2位は木和田。

Cリーグは、昨年度優勝の寺本と小関が抜け出した。
それにしても寺本の迫力はスゴイ。
とても42歳とは思えないスピードとパワーだ。

Dリーグは、高鍋に注目したが3引き分けで脱落。
そんな中、なんと実業団の橋本が古川に2本勝ち、松脇と高鍋からそれぞれ1本ずつ奪って引き分けと大奮闘。
イメージ 4
橋本選手vs高鍋選手
(写真提供:藪田 豊 氏)

そしてもう一人が松脇だ。その松脇が強いのなんのって。古川に対してド迫力のツキを2本見舞った。
そしてDリーグ1勝2分で並んだ松脇と橋本が、リーグ順位決定戦を行った。
ノリノリの松脇が相面を制した。試合時間わずか5秒だった。
イメージ 5
松脇選手 ド迫力の突き!
(写真提供:藪田 豊 氏)



さあ、決勝トーナメントが始まった。


■準々決勝

北条vs橋本
剣先の攻防戦だ。橋本が出ようとすると北条が橋本の剣を殺す。
延長戦。北条有利かと思った時だった。その北条が決めに出たところを、待っていたかのように、絶妙のタイミングで橋本のコテが決まった。
なんと、橋本が第1回チャンピオンとのガチンコ対決を制して準決勝進出!
イメージ 6
準々決勝 橋本選手が北条選手にコテを決める
(写真提供:藪田 豊 氏)


権瓶vs小関
今日の権瓶は恐ろしく技がキレている。あの巨体にして、スピード溢れる小関にも勝る動きだ。そして、小関が前に出るところ会心のコテを決めた。その反応の速さにも驚かされた。
イメージ 7
準々決勝 権瓶選手vs小関選手
(写真提供:藪田 豊 氏)


寺本vs木和田
私の横でウォーミングアップしている木和田の独り言が聞こえる。
「今日は同門ばかり・・・」
その通りである。予選リーグでは、中大の大先輩である小田口、そして東永との同門対決。
そして、このトーナメント初戦が大阪府警の先輩。
試合開始、勝手知ったる相手、互いにかなりやりにくい感じだ。
「ドカーン!」
寺本の重量感あふれるメンだが決まらず。
ただでさえ大きな2人。打突や体当たりでは火花が散るようなド迫力だ。
寺本が間を詰める。何か来るぞ!
と思った瞬間、木和田がお家芸のコテではなく、
綺麗なドウを決めた。


松脇vs古澤
会場に響き渡るのは松脇の猛獣のような掛け声。
私だったら、松脇の気迫と掛け声だけでビビりそうだ。
力でねじ伏せるようなそんな気迫の松脇と、小兵ながらスピードと抜群の試合勘で相手を翻弄する古澤。
その古澤が松脇の懐に飛び込んだ!
そして逆ドウ。
「お見事!!」思わずそう言ってしまった古澤のドウだった。
ところが、その数秒後には、松脇の上空から叩きつける、
そうジャイアント馬場の「脳天唐竹割」のようなメンが炸裂。
あっという間に1-1に戻した。
延長。
松脇今度は片手突き!惜しい。
そして古澤が一歩前に出たところ、
松脇のあのメンが再び炸裂。
松脇、強いなあ。
この試合を見た時には、優勝は松脇だ。と思った。


■準決勝1

橋本vs権瓶

「しかし橋本はよくぞここまで勝ち上がってきたものだ。
実業団選手が出場したというだけで栄誉なのに、
3位入賞とあっては伝説の実業団剣士として語り継がれるだろう」
この試合が始まる時に私はそう思った。
そう、言い換えれば、権瓶が勝つことをこの時点で疑っていなかったような気がする。
から「3位入賞」と勝手に思ってしまったのである。

試合が始まった。

「いやああああ!!」

会場が割れんばかりの、もの凄い橋本の掛け声。
今日の選手の中でも際立って大きい。
それだけ気合いが入っているという証拠であろう。

橋本がスーッと間合いに入った、飛び込んでのメンだ!
旗が1本。惜しい。
しかし、惜しいメンを打った橋本にその直後、
厳しい洗礼が待っていた。
権瓶の巨体が、ドーンと橋本を突き飛ばした。
橋本たまらず道場にひっくり返る。
そこをすかさず権瓶が容赦なく打突!
「おー、怖(コワ)」

権瓶が前に出る。
「コテ―!」
橋本たまらず下がる。
するともう一本。
「コテ―!」
そして、権瓶がまたまた橋本に体ごと激突!
ダンプに衝突された人間のように
橋本吹っ飛ぶ。
飛んで転がる橋本に向かって、さらに
「コテ―!」
おお、背筋が凍るような権瓶の厳しさを感じた。

延長戦となる。
権瓶がメンを誘うようなトリッキーな動きをする。
しかし橋本は翻弄されることなく、
中心から攻めて、突き!
そしてふわりと軽やかに間合いを詰めたとこで、鋭いメンだ!
なんとなんと、橋本が権瓶まで倒してしまったではないか。
イメージ 8
準決勝 橋本選手が権瓶選手に鋭い面を決める
(写真提供:藪田 豊 氏)


■準決勝2

木和田vs松脇

「ん?この試合覚えがあるぞ」
と思っていたら、木和田が苦笑いしながら隣の人に囁く
「まただよ、昨年と同じ」
そう、昨年はトーナメント1回戦で当たり、
木和田が得意のコテを決めて勝利していた。
この2人、同学年で、これまで何度も対戦してきたことだろう。
昨年勝っている相手なのだが、やっぱり木和田にとってイヤな相手なのだろう。
特に今日の松脇は、いつもよりさらにパワーアップしているように感じる。

その松脇が間合いを詰める、そして前に出たところを、
木和田の伝家の宝刀が炸裂!
見事なコテを決めた。
デジャブだ。
やっぱり昨年と同じか。
しっかしいつ見ても木和田のコテはスゴイ。

今度は1本先取した木和田が前に出る。
そして何かをしかけようとした瞬間。
「ドーン!」
今度は松脇の大砲が、木和田の面をしっかりと捉えた。

「おおー」あまりの鮮やかさに会場全体から唸り声があがる。
「これはホントにどちらが勝つか全くわからないぞ」

松脇が攻める。
負けじと木和田も攻めようと一歩前にでた瞬間だった。

「ジャストミーーーート!!!」
と叫びたくなるような
グッドタイミングな松脇のメンが決まった。
松脇大逆転で初の決勝進出だ。
イメージ 9
準決勝 木和田選手vs松脇選手
(写真提供:藪田 豊 氏)


■決勝戦

橋本vs松脇

この対戦は本日3度目だ。
こんなことってあるんだなあ。
1試合目は引き分け。
2試合目は同点によるリーグ順位決定戦で、松脇が初太刀でメンを決めた。
先ほどの対戦を見る限り、松脇が断然有利だろうと思った。

橋本はいつも通りの赤胴に緑の手拭という出で立ち。
残念ながら面をつけてしまうとトレードマークの髪形はわからない。
パンフレットによると、169cm、71kgとある。
一方の松脇は177cm、81kgとあるが、
二人が対峙するとその差はもっとあるような感じがする。

とにかく、松脇はその体格データ以上に、存在感そのものがド迫力なのだ。

ところが橋本は一歩も引かない。
恐竜に立ち向かう虎と言った感じか。

その恐竜に対して、虎が思いっきり諸手突きを見舞った!
会場がどよめく。

これは書いていいのかどうかわからないのだが、
あくまで私の個人的な印象として書かせていただくと、
会場の大多数が松脇を応援していたのではないだろうか。
警察の威信がかかるところである。


松脇が飛び込んでのコテだ。
橋本がこれをかわしてのメン。
そして、橋本、再び思いっきり諸手突き!!
凄い戦いだ。

延長戦

橋本が、スーッと前に出た。
「ずどーん!!」
橋本3度目の突きが、今度こそ松脇の喉元を捉えた!!

旗が1本、2本、3本と上がった。

なんということだ。
ついに橋本がこのスーパースターたちの頂点に立ったのだ。
イメージ 10
決勝 橋本選手が松脇選手に突きを決める。
(写真提供:藪田 豊 氏)


【橋本桂一】
埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)出身。
父が館長をつとめる「剣誠館橋本道場」で5歳から剣道をはじめる。
京北高校から帝京大へ。
全日本学生選手権3位と、学生時代にその実力が大きく開花。
そして伊田テクノスへ。
国体優勝、関東実業団大会優勝、
初出場となった2012年の全日本選手権では、
実業団戦士として10年度ぶりのBEST8進出を果たした。
全日本選手権3回出場。
実業団のスーパースター橋本は、
今回の優勝でさらに大きな飛躍を遂げた。

これはよく言われることであるが、
警察官はプロ、実業団はアマチュア。
プロとアマチュアには絶対的、圧倒的な隔たりがあり、
年月を費やすほどにその差は決定的な隔たりとなってくる。
教員はその中間の存在。
確かに、全日本選手権で実業団選手が優勝したのは54年前の戸田忠男選手が最後で、
その後は誰もいない。
ところが、今大会で橋本選手がそんな定説に風穴をぶち明けたのだ。

それもこれも、橋本選手の弛まぬ努力の賜物と言える。

イメージ 11
(写真提供:藪田 豊 氏)

追記)習志野高校剣道部OBの薮田豊氏より素晴らしい写真を提供いただきましたので追加で掲載しました。2/17(土)

注)今回の試合はビデオがなく、記憶に頼った表現のため、実際と相違があった場合にはお詫び申し上げます。


イメージ 2

決勝トーナメント結果


イメージ 3
イメージ 12
今回出場した16名の七段スターたち



最後に、これまで全5回の出場選手を一覧表にしたのでご参考まで。

イメージ 1


皆様、来年また横浜で会いましょう。

【文中敬称略】