ここ数日…
草津温泉の記事が続いています。
が…
今回の遠征の一番の目的は…
実は、これでした。
毎年「大寒」の1月20日の早朝に行われる…
川原湯温泉の「湯かけ祭り」です。
川原湯温泉は、
草津温泉に向かう途中にあります。
いつも…
気になっていたのですが…
一度も行ったことはありませんでした。
去年の11月草津温泉に行った時
どこかでもらった…
「川原湯温泉」のパンフレットが
今回、
行くきっかけになりました。
御存知の方も、いらっしゃると思いますが…
川原湯温泉は、あと数年後…
八ツ場ダムの下に沈んでしまいます。
その前に…
そんな訳で、
当日の1月20日… 日付が変わったと同時に…
仕事を終わらせ…
深夜の関越自動車道を走っていきました。
湯かけまつり開始はAM5:00です。
…が
15分ほど遅れて
川原湯温泉駅前に到着…
国道から、
ゆるい上り坂を登っていくと温泉街です。
途中…
お祭りを見学するために来た車がたくさんとまっておりました。
そして…
温泉街入口には、
こんな看板が…
お祭りの会場の
共同浴場「王湯」前には、
たくさんのお祭り見物客が…
到着したと同時に…
ふんどし姿の男達が…
そして
そして、
見物されてる方にお酒を振る舞っておりました。
kenkenは、運転があったので…
「みかん」を…
そして…
紅白に別れた男達が…
すごい迫力です。
眠かったkenken…
一気に目が覚めました。
「湯かけ祭り」とは…
源頼朝が温泉を発見して400年が過ぎたある日のこと、突然温泉が出なくなってしまいました。村人達は困り果てましたが、そのうちのひとりが温泉の匂いをかいだところ、ニワトリの卵をゆでた匂いがします。そこでニワトリを生贄(いけにえ)にしてお祈りしたところ、お湯が再び出てきたので、みんながお祝いすることになりました。初めは「お湯わいた、お湯わいた」と言って喜んでいましたが、そのうち「お祝いだ、お祝いだ」と言ってみんなでお湯をかけるようになりました。これが、厳冬の朝、賑やかに行われる奇祭「湯かけ祭り」の始まりということです。
川原湯温泉観光協会パンフレットより 一部抜粋
このお湯…
紅白に別れた男達がかけあいますが…
いや…
でも…
ちなみに…
撮影に必死になっていたkenkenは、
これで、
今年は…
そんな訳で
その後行った
草津温泉の写真の
写りが悪ったのはこの影響でした…
慣れている見物客の方は、
しっかりビニールで「デジカメ」を包んでおりました。
そして…
「レインコート」をしっかり着ておりましたよ…
来年はこれでないと…
お祭りが始まって…
約一時間…
最後には、
紅白の「くす玉」目がけてお湯をかけます。
そして…
その中から…
ニワトリが出てきます。
それをたくさん捕まえた方が勝ちとのことです。
ですが…
濡れたkenkenは、
暖をとりに、行っていたので…
結果が???
こちらが…
暖をとっていた…
お祭り会場近くの「旅館」の前です。
宿泊していないkenkenにも…
甘酒を振る舞ってくれました。
かじかむ手が暖まりましたよ…
運転があったkenkenは、
甘酒は、そのまま持って帰りましたが…
とても…
人情味のある温泉…
そして
迫力のあるいいお祭りでした。
温泉が残ってる限り…
湯かけ祭り:「お祝いだ~」--長野原・川原湯 /群馬
大寒の20日早朝、長野原町の川原湯温泉で、下帯姿の男たちが湯をかけ合う「湯かけ祭り」があった。
午前5時半ごろ、氷点下2度の寒さの中、紅白に分かれた約60人が「お祝いだ」と気勢を上げ、源泉「王湯」から木桶(きおけ)でくんだ湯を豪快にかけ合った。辺りは湯煙に包まれ、しぶきを浴びた観光客の歓声が響いていた。
約400年前から続く伝統行事。湯が止まって困った住民が鶏を神前に供えたところ再びわき出し、「お湯わいた」と喜んで湯をかけ合ったのが始まりという。
八ッ場ダムが完成すると、周辺は湖底に沈む。数年後には温泉街ごと代替地に移る予定で、長い歴史を持つ現在の場所での祭りはあと数回しかない。観光で来た栃木県小山市の教員(39)は「ダムに沈んでしまうので、数年前からずっと来たかった。想像以上に迫力があった」と興奮気味に話していた。【伊澤拓也】
毎日新聞 2009年1月21日 より 一部抜粋