NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」

視聴完了しました

ようやっとといっていいのか、嫁さんの過去にケリもついて

めでたしといった感じで、正直この話し自体は

オリジナル人情話なので、よい時代劇であれば特に何もないわけだが

やっぱり、ちょっと人情のかけかたというか、

道徳心めいたものが現代っぽいよなと思ってしまったんだが

仕方ないところかとも思うのである

しかし、嫁さんがつきものが落ちたように、物凄いべっぴんになって、

女性の笑顔ってすごいなと思わされたのである

何を見ているんだ

 

大半が嫁さんのあれこれでありながらも、

早速に活躍しまくる高虎がいい感じで、

今後は、兄貴の方が少し減って、高虎との相棒コンビになるのかと

そう思うとちょっと面白そうな第二章だなと感じたのだが、

日々成長していくといった具合で、

高虎があの調子でまっすぐにぶつかって、乗り越えていくと

これはこれで育成ゲームのようで面白そうだなと感じたのであった

この主従がいい感じで育っていくと、豊臣兄弟とは別の軸で

よい絆の物語が見られそうで楽しみである

 

そうかと思うと、秀吉死ぬほど怒られる事案第2回が絶賛開催中で、

柴田との因縁が、唐突に生えてきた感じになってしまってるけど

実際、どの程度どこからこじれてたのか、気になるところながら

ここから、調整役の小一郎の出番といった感じになりそうだと

楽しみにしているんだが、

予告後に出てきた平蜘蛛が全部もってった感じがある

くそう、そっちの方がむっちゃ面白そうやんけ

どうなるか楽しみだと思うのだが、

松永の掘り下げ全然してないけど、いきなり殺される感じだが

いいのか物語として

 

気になるが、こういうところも戦国時代が知られすぎた弊害のようにも思うのであった

沈黙と爆弾  作:吉良信吾

 

警察、それも監察モノでありました

警察組織の浄化と、警察組織の対面を守ること

このために監察はあるという、ちょっと歪んだ価値観と

どう対峙するかといった感じのお話で、

一つの事件をおっかけているようで、3つか4つくらいの難題と向き合っていて

なかなか楽しく読めた物語でありました

 

ある連続爆破事件に絡んで、様々な警察内の不祥事が見え隠れするという

非常に難しい事件のなか、訳ありで監察やってる男が、

こちらもまた家庭の問題を抱えながら事件と、そして警察組織と対峙していくわけだが、

スカッとするような感じではなく、ずっと重苦しいというか

割とスマートにあれこれ解決していくのでストレスないはずなのに、

どうも立場が弱いというか、重苦しいのがずっと滲み出ていて

はらはらというよりは、どんよりと進んでいくのが印象的だった

 

主人公も訳ありで出世できない男なのだが、

だからといって、物凄い能力があって、どっかの特命係長みたいな感じとかと思いきや

割と普通の警察官で、こういうのは、20年くらい前のハリウッドとかでやりそうな題材だなと

なんか、隔世の感を覚える内容で面白かった

多分今の時代受けないよなと、勝手な心配をしてしまうのだが、

地道にというでもなく、一人の人間として生きていて組織と家族で悩みと

ただただそういうお話に、がっつり刑事事件が絡んでいるというアンバランスさが

非常に面白かったと思うところ

 

刑事といっていいのか、警察側の人間も幾人か出てくるのだが、

事件関係者の暴対の二人組がいい味を出していて

それぞれがまた、バディもののようでもあって楽しく読めたのでありました

最終的にいい感じで逆転劇も見られて、エンタメとしても楽しめた一冊だった

問題。以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい  作:早見和真

 

小学生が中学受験を受けるというお話なのだが、

いくつかの家庭の事情と、どうにも集中ができないという悩み、

おそらくは思春期というそれ、子供が成長していく物語でもあったし

タイトルの通り、家族の幸せの形を探す話しだった

 

根幹部分が、割と早い内からなんとなくわかってしまうのだが、

そのあたりが物語の一番の本筋なので、触れるとネタバレになってしまうので

どう感想を紡ごうかと悩んでしまうところなんだが、

凄く丁寧に、勉強に身が入らない小学生が、

だんだんと受験に向かっていき、成長をしていくという様が描かれていて

本当に、親のような気分でもないが、子供が成長するという姿が見られるようで

大変面白かった

 

思春期特有といってもいいのかもしれない、

もう覚えてもいない子供の頃の機微みたいなのが描かれていて

これはでも、女子だからこそなのではないか、

そんな風にも感じるような、ずいぶんと大人びた子供だと思うところも多く

実際、男子ではこうはならんだろうなと、もうちょっと子供っぽいのではないか

などと自分を思い返したりとかしたのである

 

女子小学生たちの友情といっていいのか、

友達という繋がりや、概念というのが描かれているんだが、

どれもこれも自分にはない世界だなと思えて、

これは女子というものの普遍的なものなんじゃないかと

興味深く読んだのでありました

いや、そういう物語じゃないとわかってるんだが、あまりにもさらりと、

そして多分、女子たちは子供であっても、これくらい考えて生きてんだろうなと

深く納得というか、感心してしまったのだが、

そう思わせる自然な描写が凄いなと感じたのである

 

書店が出てきて、妙な店長と店員だなと思ってたんだが、

「バカ店長」の名前が出てきて、初めて同じ作者だったのかと衝撃を受けたというか

そういうキャラの顔出しもあったりしたが、そこは重要じゃなく、

家族や友達というものを取り戻すといっていいのか、

ずっと手元にあったものをようやく、うまく触れられるようになった

そんな話しで、とてもよかった

NHK土曜ドラマ枠でした

久し振りにがっつりオノマチが見られたというのが

一番の収穫であったけども、小説未読ながらドラマでほぼ完ぺきに

物語が完結してたと感じられたので

大変よい作品だったと、見終わってしみじみしたのでありました

痴情の縺れなんていうのではないけど、

止むにやまれぬ事情といっていいのか、ちょっとした行き違いともいえるような

過去の話しが重々しく乗りかかったわけだが、

そこに至るまでに、それぞれが抱えた罪のようなものというのが

切実というか、死に肉薄してしまった人たちのヤドリギである「まぐだら屋」

タイトルとしては、そこにいるマリアこそがという感じであったけども、

ここは、マリアそのものが何かしら重いなと

もう、見ているだけでわかるような、滲み出る、オノマチの演技の上手さで

それぞれの物語として見られたと思ったのでありました

面白かったというには、あまりにも重いそれぞれがよくて

暗いし、笑うところとかほとんどなかったけど、

じっと見て、見入られるように取り込まれた

そんな素晴らしいドラマでありました

 

誰かを裏切ったという事実をそれぞれが抱えきれなくなっている

その絶望の先に、少しだけ猶予を与えてくれる場所としてのまぐだら屋があって、

そこに立ち止まることで向き合うことができたり、

やはり絶望を止められなかったりというのが、誰のせいでもなく

あくまで、やわらかく場はあるのだけど、自身が選択してしまうというところが

なんとなく自殺を考えてしまう人の心理に近づいていたような

恐ろしさというか、寂しさや悲しさみたいなのを見たようでありました

 

死がまつろうという感じばかりだったけども、

生きているものは、死者に囚われてはならないというのか、

それを受け入れてなお生きないといけない

そんな教訓説教めいたことは、まったく出てこなかったけど

見ていて勝手にそう思ってしまうくらいには、

絶望的な状況の三人それぞれの境遇が、ドラマの中で消化されていくというのに

釘付けになったと思うのでありました

 

飯が美味そうというのも一つよいところであったけども、

やっぱり話しの良さ、それを形作る俳優の旨さが

図抜けてよかったなと、全編通して感じ入った次第でありましたとさ

オノマチばっかり言ってしまったけど、

志麻姐さんまで出ていて、なんというか、豪華なものを見たという

物凄い満足感に酔いしれた

そんなドラマでありました

やりたいことが見つかる世界の果てのカフェ  作:ジョン・ストレルキー

 

大人向けの童話みたいな感じの自己啓発っぽい物語だった

 

忙しく働いていた男が、休暇になったというのに、

渋滞に巻き込まれて、面倒だからと高速から降りてみたら迷ってしまい

妙なカフェにたどり着いた

そんな具合で、まるで注文の多い料理店のように、

妙なことを尋ねられながら、やがて、自身の人生について考えることとなると

哲学めいた感じになるのだが、

基本的には、迷える現代人へ、好きなことをして好きなように生きよという

メッセージを込めた物語

 

目新しいとか、物凄く新鮮とか、そういうのではなく

多分誰もがどっかで聞いたようでもあるし、知っている内容ではあるのだが、

改めて、ゆっくりと真摯に考えてみよう、その手段はこうだというのを物語で見せていて、

読んでいるこっちも、それに倣ってやるようにすると

あれよと人生が拓けるかもという感じであった

なんでここにいるのか

こういうことをちゃんと向き合って考えたことがあるだろうか、

立派だと思う人は何してるか考えたことあるだろうか、

生きるとはなんなのだという話しについて、

当たり前だが十人十色で答えは違うに決まっているのだが、

そこを考えること、気づくことという道筋は一緒なので、

みんなちゃんと立ち止まって考えるというのが重要ではないかしらと

そういう感じに思える読み終わり

 

時間とお金というのが大きな問題になっているが、

気づくとそれに縛られてしまい、人生を自分の意思以外のものにからめとられている

これもまた、誰にでも訪れることだと思うのだが、

見失わないようにしようという心構えを持つ

そのためのカフェで、読むことによって、そこに読者もたどり着けるというのが

粋でよいねと思って、読み終えたのである

 

見失っているとも思うのだが、どうするかと考えることはまだしてない

台湾映画で、凄い賞をとった作品とのこと

是非見たいと思っていたら、ようやっと日本でも公開されて

無事見てきたのでありました

前情報をほとんど入れないというか、

時代背景が日本統治時代後、白色テロ時代と思しきところで、

政治犯として処刑された兄の亡骸を引き取りに、嘉義の田舎から台北へと向かった少女と、

たまたま巡り合った外省人の軍人くずれとのお話

と書いてしまったが、そういう話しではないような、そうなような

別にロマンスやなんだがあるわけでもなく、

かといって、物凄い政治思想が強いというわけでもなく

その頃を描いた、ただそういう映画だったと思えたのである

 

個人的に台湾への思い入れが強いので、あれこれ余計なことを考えながら見てしまったんだが

一番戸惑ったのが言葉の違いで、字幕で見たんだが、

多分、劇中で3つくらいの言葉が飛び交ってたんじゃないか?と、

普通話、台湾語、広東省あたりの言葉と、

これ台湾本国でも字幕必須だったんじゃないかと思うような感じだったのだが

はたしてどうだったんだろうか、

多分、その言葉がそれぞれ違うということで、登場人物の立場とかがわかる

そういう仕掛けというか、作りになってたと思うのだが、このあたりが不勉強なので

もっと楽しめたはずという気持ちになったのだが、それはそれとして、

人情話のような、いや、でも、ひどい人ばっかりだなという感じもありながらの

人間ドラマというには、人間関係のそれこれというよりは、

独りの人間の気持ちの揺れみたいなのが丁寧に描かれていて

そういう部分に胸打たれて見ていたのであった

 

主人公は阿月という女の子であるのだが、

それよりも軍人崩れの趙公道の魅力が素晴らしく、

粗野というか、そこらにいそうな兄ちゃんという感じで、

それがその場の勢いや、感情、ある種の善意に流されていくという姿が

滑稽でもあり、面白くもあり、決して良い人というステレオではなく

詐欺や盗みなんかもやりそうな気配がある、このあたりが人間味とも呼べるようでもあり

そんなのが当たり前という空気とかも含めて

いいなと感じて見入ってしまったのである、本当にそんな時代だったんだろう

それが悪いとかではない、いや、悪いけど仕方ないというか、そういうもんだというか

 

実話がもとになっているのか、戒厳令下の時代を今語れるようになった

そういうことでもあるんだろうかと思わせる、

脱獄犯が関係しそうな、そうでもないようなというコメディリリーフがあったり、

特高みたいなやつが、悪そうなうえに凄い怖い感じがすばらしく

あの役者さん、道とかですれ違ったらビビッてしまうなというすごみがあって好きすぎた

この映画は、多分、当時の空気というか雰囲気の再現が素晴らしかったんじゃないかと

想像するしかないが、実際あんな感じでみんなが油断ならないけど、

それぞれ自身で生きていく強さがあって、でも、人情も溢れていてみたいな

そんな感じだったのだろうかと思いつつ見たのである

 

別段凄い感動とかでもないはずなのに、

最後のシーンはとても印象的でよかったというか

物語の引き際というか、切なさがあふれるようでとても良い映画だったと

これだという話しではなかったけど、かなり満足して見終えたのでありました

大流行りするというタイプではないのは間違いないのだが、

それでも見てよかったという渋さのある映画だったと思うのである

不思議と前を向く気持ちになる映画だったわ

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」

視聴完了しました

いきなり時間が飛んで、一気に話しが進んでしまったわけだが、

新しい人物紹介として、怪しい企業の入社試験みたいな展開が

なかなか面白く見られたわけだが、

佐吉については、それよか茶の湯の話し拾ってやった方が絶対よかったろうにと

ちょっと残念に思うのである

あの後にあるんだろうかね、いや、長浜に遊びにいったときに捕まえるんだよな違ったかな

ともあれ、佐吉よりも、がっつり藤堂高虎を扱うようで

そっちの方が楽しみなのである

大河で、ここまでちゃんと出てくるのは、初めて見る気がする

秀長の部下だったとは知らなかったんだが、羽柴子飼いというイメージはあったので

今後どうなるやら楽しみである

 

今回も七本槍は全員揃うわけではないようだが、

それはそれとして、実際この頃に、戦国時代後期の名うての武将が出てきているというのは

ちょっとわくわくして楽しいなと思えて大変よかった

実際のところ、平野や片桐がそんなに立派だったと思えないので、

あの入社試験のあれこれはどうなんだとか思ってしまったんだが

刑部とかはどのタイミングなんだろうかと気になってしまったのである

まぁ、秀長に関係ないから出てこないのは仕方ないんだが、

戦国でも、このあたりの話しは作品が手薄な気がして面白いな

 

あくまでドラマで、物語だからといってしまえばそれまでなんだが、

実際サラリーマンストーリーで、同じ入社試験やったら

ぶん殴られそうなくらいおとぎ話感があったと思うのだが、

それでも許容できてしまうというのが、時代劇というか歴史ドラマの面白いところだなと

なんか、妙なところで感心しつつ

あんな頓智みたいな話で人のあれこれをというのがと、笑ってしまうところながら

講談の話しなんて、だいたいあんな体たらくだなとも気づいて

なかなか難しいもんだと思い知ったのであった

なんの感想なんだ

 

相変わらず、新しい嫁さんとの何かは解消されないまま、

それが何年も続いているとか、ちょっとどうかしてるだろうと思ってしまうので、

登場はもうちょっと後でよかったんじゃないのと感じているのだが

まぁ、それはそれとして、来週くらいからちゃんと向き合っていってほしいと

思ったりするのである

兄者を殿呼びするという遊びは、いかにもやりそうといった感じだったが、

本当にやると、堂に入っているというか、すばらしくよい茶番になってて

大したもんだなと感心したのであった

すっかり憎めない秀吉像が完成されてきているわ

憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ  著:杉山響子

 

作家・佐藤愛子さんの娘さんの母にまつわるエッセー

何が驚きって、あの佐藤愛子が認知症で施設に入っていたとは、

あんなに元気だった(文章でしか知らないが)のにとか、勝手なことを思ってしまったが

その親族の心情は、まさに、そういう有象無象との接点であったろうことを思うと

ただの娘が語る母の話しではすまないものだと思ったのでありました

 

序盤で、相変わらず元気なまま、常に怒りを抱いている

まさに憤怒の人たる母・愛子の姿を書いていたのだが、

その様子がちょっとおかしいと気づいた時には、それが、認知症の症状だったとわかり

そこからは、あれよあれよと症状が進んで、やがて、自分は見失わないまでも、

周りのことがわからなくなっていき、

娘だったはずの著者は、母の姉と区別がつかなくなり、やがてといった感じで

物凄く切ないけども、どこの家庭にもある、認知症を患った人との一種の別れだなと

感じたりした次第である、自分も婆さんがそんな感じだったのでわかるが、

一定のラインを超えると一気になにもわからなくなるんだよなというのが

切ない、そして、その断片で、その人らしさが残っているということに気づかされるのがつらい

 

と、そんな認知症介護の話しというわけではまったくないのだが、

そこの印象が強烈でついついつられてしまうわけだが、

母・愛子がいかに憤怒の人であったかの過去の話しが、相当に凄くて

文中によく出てくる「響子さんはよく耐えられますね」的な話しがまさにその通りだなと、

恨み骨髄といっても控えめとすら思うほどの理不尽ともいえる怒りにまみれていて

なんという我の強さ、そして、怒りの大きさかとあきれ返るほどで凄い、

筆が乗ってないときだからなのか、不機嫌を周りに当たり散らすことをなんら厭わない傍若無人な態度といい、

自分が困ったら他人は助けるべきだという傲岸さといい、

ともかく凄い強さだなと、それを家族としてやってきてて、

なんかおかしくないか?と思いながらも、お母さん怖いからなぁで済まさざるを得なかった

そして、その間に培われたであろう耐性の凄さみたいなのが感じられて

非常に面白くも、切なく読んだのである、作家というのは凄い個性で

遠くで眺めるあるいは、作品で眺めるべき人だな

 

あまり著作を知らないから、よくよく語られているという身の上を知らないので、

お手伝いさんが変遷していることやら、そこにファンアガリの人がきて

これまた独特で怒る方も悪いが、怒られる方も悪いという事象が

次々出てくるというのも、なかなか業の深い笑いで、面白いんだけど怖い話しだと

思ったりしてしまうのである

エッセー上仕方ないとはいえ、出てくる人がクセが強いとかいう優しい言葉では言い表せない

一種の危険人物ばっかりというのも驚愕なのだが、

民間療法的なこととか、独特な宗教観だとか、倫理やなんやというのが、

まぁいいかで済まされていすぎるようにも見えるのに、

そこに固執したり反攻したりで、怒りの火口が多すぎると思うようなことが

本当に面白いのだけど、すさまじいと慄くばかりでありました

 

なかなか大変な人生だと100年も生きると人間すげぇなと

ありていな感想を書いておきつつ、いやいや100年だからじゃなく、

佐藤愛子だから、あるいは、佐藤愛子の100年だからすげぇと

その元気について偲ぶのでありました

施設で変わらず穏やかではないのだろうが、元気は少し減っているかもなというのが切ない

無敵化する若者たち  著:金間 大介

 

今読んでおかないと、という気持ちで読んだわけだが、

いわゆる、今時の若者はというものの最新版といっていい内容で、

Z世代と呼ばれているぐらいの若者たちがどういう感じか、

実際に接している大学の先生が研究として調べたものを

あれこれとまとめてくれた本で、大変楽しく読んだのでありました

 

ここに書かれているような若者と接点を持つことがないので、

実際のところは、へーそうなんだー、という、一番危険な読み方をしてしまったわけだけど

おおよそこんな感じなのだろうなとも思えたりしてしまうのである、

当然個性というものが存在するので、十把一絡げにできない

なんだったら、著作中に出てくる彼らのお父さんお母さんという世代の人たちが

俺か、ちょっと上かといったところなので、

そういう部分の影響、親世代の感覚みたいなのが自分とどれほど似ているかとか

あれこれ考えたりしながら読むと、普遍ではないが、

まぁ、流行みたいな型として、こういうのが存在するんだろうなと

思ったりしていたのである

 

しかし読んでいるほど、なんか、会ってもないのに腹が立つなと思ってしまったんだが、

そういう巧みさというか、狡猾さみたいなものが洗練されているようで、

でも、それって自分たちが若い頃にも、もっと上の世代から思われていたものかもなと

ただ、令和最新版というだけの、さして珍しくもない人類史の1ページのようにも思うところ、

とはいえ、事なかれ主義という言葉では、もはや充てることができない、

自尊心と自我は強いのに、何もしないというなかなか凄い状態が

当たり前でありながら、仲間意識は強いけど、仲間と思わないものに

冷酷極まりないというか、もはや、別物とするというのが

ドラスティックすぎやしないか、人の心を学んでくれとか、

こちらの世代の都合をついつい押し付けたくなるようでもあったのである

これは、作中によると、現在の若者には反抗期がないという話しだが、

親類ではない人に向けては、それくらいの年齢層に対して

なんか攻撃的といってもいいような感じになっているのは、一種の反攻ではないかと

もう、当て字もなんのと書くままに思うのであった

 

結局は、実際に会ってみないとわからないし、

それぞれは個性というものによるだろうと楽観してしまうのだが、

そういう世代というか、空気感みたいなものは

少なからずまとっていて、そういうルールというか、ベースがあるということは

知っておかないといけないかもなと思わされたのでありました

まぁ、子供がいたら、こんなこと考えもしなかったというか

目の当たりにしてたのかもなと思うのだけども、

なかなかどうして、手ごわいといっていいのか、自分たちとは常識が違うと

思い知る内容で、大変面白かったのでありました

 

正義というか、思うところのポジションが違いすぎるから

会話にすらならんだろうなという予感があるわ

記憶するチューリップ、譲りあうヒマワリ  著:ゾーイ・シュランガー

 

かなり真面目な植物の本だった

結構学術寄りなのだが、これを学術、アカデミックというには、

なかなかハードルが高い歴史がある、

そんなことから始まっていて、なかなか興味深い読書になった

勉強になったといっていい感じの本だわ

 

植物をどう考えるか、という言葉で合っているのだろうか、

語りきれていないと思うのだけども、「植物が知能を持っている」と

これもまた、先走ってしまいがちなセンセーショナルな文節だけど、

そういうことに近しいことをどう考えるか、

そのアプローチ自体が、学術世界では極めて警戒されている、

なぜかといえばそれまでの研究から、あまりにも乖離、飛躍しすぎているから、

ちゃんと積み重ねて、間違っていないと言い切れるまで反論が続く

そういう事象に入ってしまうようなセンシティブな考えについて語られていて、

少しずつ積み重ねていくと、知能をどうと定義づけるかであり、

それは、意思や意識と呼ぶ、擬人化されたものに近しいのか、

それは異なると考えるべきではとか、

大変示唆に溢れていて、凄く面白い本でありました

植物が生きているという事実について、その方法論とも異なる、

当然植物の世界なので、観察ありきなわけだが、

そこで観測されたものがどう考えられるか、ここに飛躍ではなく正しい積み上げができるか

そこに近づいていこうという様々なことが書いてあって

凄く楽しかったのでありました

 

擬人化ではないけども、理解しやすくするために

植物が行っていると思われることとして、記憶する、近親を守る、擬態する、

そんなことが観察されたというところが大変面白い

考えてみると、記憶というのは考え方を変えるだけでわかる話で、

寒さに合わないと花を咲かせないとか、まさに記憶と呼べるものだよなと考えるところ

どうかなえているか、あるいは、それはプログラム設計に近いもので

最終的に得るものに近づくための方法の概念的なものが

記憶という方法だったりとか、考え方を変えてしまえば別段おかしくも見えないといっていい

そんな風に感じたのでありました

動物的といっていいのか、動くということ、そのものが植物には不要なため概念上存在していない

それは知性というものとは別という考え方が、凄くよいなと思って

そういう可能性を示唆する植物の様々な生態が書かれていて

大変楽しかったのでありました

ひところ流行った、クラシックを聴く野菜が美味しくなるについても、

もしかしたら本当にそうかもしれない、ある種の振動がたまたま、

他の美味しくならせる別の振動と似通っていたということは

考えられないこともないとか、夢広がるというか

やはり、オカルトめいて、学術界から怒られそうではあるけど楽しいと思えたのでありました

終盤で、擬人化とは異なるが、一種の神格化のようにして植物を語る部分があるのがちょっと残念で、

植物を不当に下に見ているという話しからの派生なのはわかるが、

上に見るような物言いも本質は一緒で、そうではなく横並びとでもいうような

生き物という考え方にならんもんだろうかなどと思ったのだが、

それはちょっとうがった読み方をすぎたのかもしれん

 

さておき、葉っぱの形を近くの別のものに擬態させる植物とか

正直ほしいと思ってしまったんだが、残念ながらチリに自生しているだけで

ハウス栽培も難しいというのが大変残念なんだが、

植物の可能性について、様々思わされる内容でよかったのである

近親を理解するという社会性までとなると凄いなと感動したわけで、

植物行動学という、まだ形而上学門のようでもあるがとても楽しいと思うばかりである