その日は朝から雨が降り続き、主人公の心もまるでその雨のように重たく、沈んでいた。長年共に暮らしてきた母親が病気で亡くなり、心の支えを失っただけでなく、生活も困窮していた主人公は、仕方なく生活保護を受けることに決めた。家賃が安い小さなアパートに引っ越すことになり、これまで住んでいたアパートを後にする日がついにやってきた。



このアパートには多くの思い出が詰まっていた。子供の頃、母親と一緒に料理をしたり、特別な日に家族揃って食事をしたり、母親が手をかけて育てた庭の花々が咲き誇る姿を見ながら過ごした時間。それらがすべて、もう二度と戻らないものになってしまったことを考えると、主人公の心は痛みで締め付けられた。



主人公は引っ越しの準備を進めながらも、これまでの記憶が頭の中を駆け巡り、胸に込み上げる感情を抑えきれなかった。母親がいない部屋は、ただただ寂しく、寒々しい。それでも、新しい生活を始めるためには、この場所を離れなければならない。



最後に残った荷物をまとめ、部屋を見渡すと、主人公の視線が床の一部に留まった。小さな白い封筒が床に落ちていることに気づいたのだ。「何だろう?」と思いながら、主人公はそれを手に取り、慎重に開封した。すると、そこには一枚の宝くじの当選券が入っていた。



驚きと混乱が一気に押し寄せる。母親が当選したのか?どうしてこの宝くじがここにあるのだろう?様々な疑問が頭の中を巡る中、主人公は母親が何も言わずにこの宝くじを隠していた理由を考えた。



母親が病気で入院していたことを思い出す。もしかしたら、彼女は主人公にこのことを伝えようとしていたのかもしれない。だが、病気の進行が予想以上に早く、言い出す機会を失ってしまったのだろう。母親はこの宝くじを手に、きっと主人公に「大丈夫だよ」と言いたかったに違いない。そうして二人で新しい生活を始める計画を立てるはずだった。



しかし、母親はその夢を果たすことなく、静かに息を引き取った。そして、その思いを託された宝くじだけが、部屋の片隅に残されていたのだ。封筒を握りしめたまま、主人公はしばらく動けずにいた。



涙が自然と溢れ出し、頬を伝う。母親の気持ちが痛いほど分かり、その優しさと愛情が胸に突き刺さった。宝くじに当選していたという事実は、母親が最後まで自分のことを思い続けてくれていた証であり、そのことが主人公にとっては何よりも大きな慰めだった。



静かに封筒を再び閉じ、主人公は一歩一歩、部屋の中を歩き始めた。母親が愛した家具や飾りが残るこの場所を、しっかりと心に焼き付けるように。そして、最後にドアを閉める前に、一言呟いた。



「お母さん、ありがとう。これからも見守っていてね。」



そうして、新しいアパートに向かう道を歩き出すと、主人公は母親が託してくれた希望とともに、これからの生活を強く生き抜く決意を固めたのだった。