誠一はなんとか脱衣所にたどり着き、冷たい水を手に取り、口に含んだ。水が喉を通ると、熱で乾いた体が少しずつ落ち着きを取り戻していく。しかし、まだ心の奥に残る不安感は消えなかった。あのサウナ室で感じた恐怖が、彼の心に深く刻まれていたのだ。
スタッフに促され、椅子に座りながらタオルで体を拭く誠一の頭には、さまざまな思いが巡っていた。どうしてあの時、扉が開かなかったのだろう?機械の不具合か、それとも何か別の原因があったのか?考えれば考えるほど、答えは見つからなかった。しかし、一つだけ確かなのは、あの出来事が彼の心に深い傷を残したことだった。
スタッフは申し訳なさそうに、「何か問題があったのでしょうか?」と尋ねたが、誠一はただ「大丈夫です」とだけ答えた。言葉にするには、自分自身の感情がまだ整理できていなかったからだ。それに、サウナが彼にとってどれほど大切な場所であったかを考えると、今回のことをどう受け止めればいいのかが分からなかった。
その夜、誠一はベッドに横たわりながら、サウナ室での出来事を思い返していた。眠りに落ちようとするたびに、あの閉ざされた扉が思い浮かび、心臓が再び早鐘を打つ。彼は目を閉じると、あの狭い空間に再び閉じ込められる恐怖が蘇ってきた。結局、何度も寝返りを打ちながら、誠一はほとんど眠れぬまま朝を迎えた。
翌日、誠一は普段通りに仕事へ向かったが、頭の中は昨日の出来事でいっぱいだった。同僚と話していても集中できず、仕事にも身が入らない。昼休みになると、誠一はふとスマートフォンで「サウナ 扉が開かない」「サウナ トラブル」などと検索を始めた。しかし、同じような体験談は見つからず、余計に不安が募るばかりだった。
「自分だけが体験したことなのか…?」誠一はますます困惑した。彼の中でサウナは、安らぎとリフレッシュをもたらす場所であるはずだった。しかし、今やそのサウナが、彼にとって不安と恐怖を呼び起こす場所になりつつあった。
その日も仕事が終わり、いつものようにサウナへ向かおうとした誠一だったが、足が自然と止まった。昨日の恐怖が頭をよぎり、体がサウナに行くことを拒否していた。「今日はやめておこう…」と、誠一は自分に言い聞かせ、そのまま帰宅することにした。
家に帰っても、心が落ち着くことはなかった。ソファに座り、テレビをつけても、何も頭に入ってこない。ふと、誠一はこれからどうすればいいのかと考えた。サウナが彼の生活の一部となっていたことは確かだが、あの出来事以降、再びサウナに通うことができるのか自信がなかった。
数日が過ぎても、誠一の心の中にある不安は消えなかった。それでも、サウナの習慣を完全に捨てることは難しかった。彼は自分の気持ちを整理するために、一つの決断を下した。「もう一度だけ、サウナに行ってみよう」と。もしそれで恐怖が再び押し寄せるようなら、サウナとの付き合い方を改めるしかない、と自分に言い聞かせた。
意を決してサウナに向かった誠一は、受付で少しだけ手が震えるのを感じたが、何とか気持ちを落ち着け、サウナ室に入った。熱気が体を包み込み、いつものリラックス感が戻ってくるかと思ったが、心の奥にはまだ緊張が残っていた。
誠一は深呼吸をし、心を落ち着かせようと努めた。何度かサウナ室の温かい空気を吸い込むうちに、徐々に緊張が和らいでいくのを感じた。しばらくして、そろそろ水風呂に入ろうと立ち上がり、慎重に扉に手をかけた。ゆっくりと押し開けると、扉は何の抵抗もなく開いた。
その瞬間、誠一の中で何かが解き放たれたように感じた。恐怖が少しずつ和らぎ、再びサウナを楽しめるかもしれないという希望が芽生えた。彼は水風呂で体を冷やしながら、自分の心の変化を静かに受け入れた。
この出来事は誠一にとって、サウナとの新たな付き合い方を考えさせる契機となった。今までのように盲目的にサウナを楽しむのではなく、もっと慎重に、自分の体と心に向き合いながらサウナを楽しむことを決めたのだ。サウナは依然として彼にとって特別な場所であったが、これからはそれをより深く理解し、大切にしていくことを誠一は誓った。