日本では最も名の知れた写真家かもしれない…

篠山紀信さんがお亡くなりになった。

いつもお元気で活発な印象があったので、

あまりの突然のニュースに驚いてしまった。

 

世界的に有名な方から、日本の多くの芸能人、

当時はまだ無名だったが、その後名前が知られるようになった人々も…

昭和の名曲好きな自分としては、

特に70年代あたりはアイドルのレコードジャケットの撮影も

多く手がけていたという印象。

 

また、樋口可南子さんや本木雅弘さんのヘアヌードが話題になった

90年代初め。

その次に発売して、多くの日本人が驚いたであろう「Santa Fe」。

宮沢りえさんは当時18歳で人気絶頂だった時に、

この写真集が出たインパクトったらなかった。

調べたところ、1991年11月13日発売なのだそう。

(あの、Wikipedia調べです)

 

いまだに伝説のように語り継がれる作品ですから、

当時のインパクトもどれだけだったかと思うのですが、

その中で、僕は勝手に「ま、負けた…」と思っていたのです。

 

時をさかのぼること1989年。

元号が昭和から平成になった、この年。

一人のアイドルがデビューを果たす。

筒美京平さん作曲の「ロコモーション・ドリーム」は、

オリコン最高9位。

続く「好きよ」「真剣(ほんき)」も10位以内に入る。

そう、田村英里子。えりりん。

 

「真剣」では、9月21日放送の「ザ・ベストテン」に9位で初登場。

黒柳徹子さんからは

「これで来週、初登場の方がいなかったらあなたが最後のベストテンランクイン歌手となります」

ということを言われていた記憶があります。

そう、この日は最終回の前週。

えりりんはギリギリでベストテンにランクインが出来たのです。

 

僕は当時、田村英里子さんのファンで、

4枚目の「プロセス」という曲が好きで、

5枚目の「Domino」は僕が初めて買ったCDでした。

テレビ東京系で放送していた「アイドル伝説えり子」というアニメも

毎週見ていました。

番組最後にはいつも本人もVTR出演していたんですよね。

このアニメは最終的に最優秀新人賞を獲るまでが

描かれていたと記憶しています。

(違っていたらご指摘ください)

リアルでも、数々の新人賞を総なめ。

ただ、レコード大賞についてはマルシアさんに獲られてしまうんですけど。

 

前述のベストテンですが、

えりりんが最後のランクイン歌手だったのか?

…実は、最終回にランクインを果たした歌手がいたのです。

それが、宮沢りえさん。

「ドリーム・ラッシュ」が7位に初登場(しかも本人は欠席)。

えりりんファンとしては、悔しさのにじむ結果。

そして勝手にライバル視していた、自分。

 

そして、グラビアの世界でも二人はバチバチだった!

…と思っていたのは、僕だけ?

でも、えりりんがハイレグ水着を見せたと思えば、

宮沢りえさんはふんどしカレンダー。

そして、えりりんの胸やお尻の露出のきわどいカレンダーを出して、

「これでもう宮沢さんには、出す手がないでしょう。どうよ!」

と思っていたところに…「Santa Fe」。

 

負けました。完敗です。

篠山紀信さんに、りえママに…相手が凄すぎた。

「ま、負けた…」

でも、本当に18歳の若さと美しさが素晴らしい写真集だと思いました。

なので、清々しい気持ちで負けを認められます。

(と言ってるけど、さかいが勝手に勝敗決めてるだけです、はい)

 

篠山紀信さんのご冥福をお祈りいたします。