ジョン・ウェスレーの『キリスト者の完全』。
当初は反対者たちからの反幕はそれほどのものではなかったようですが、
一部、敏感な、小さな反対者からの反論が耳に入るようになってきて、
それに答える形で断片的に、
「キリスト者の完全」についてウェスレーが記したことがまとめられた著作です。
この本で述べられている、
ウェスレーにとってのキリスト者の「完全」とは、
要約すると以下の5つのポイントに絞ることができる。
1)キリストの愛に生きることがキリスト者の「完全」の意味
2)キリスト者の「完全」は、成長したキリスト者に認められる
(つまり行為としてキリスト者の証が出来るキリスト者にキリスト者の完全は現れる)。
3)キリスト者は絶対的な完全ではないが、
それでもなおキリストの血潮によって「完全」な救いにあり、
それがために罪なき行為に生きることができる。
4)キリスト者として完全である者も罪、
誘惑から解放された者ではない。
5)キリスト者として完全な者は、
キリストの側につく者のこと。
こういうのを読むと、なぜホーリネスがカルヴァン派と意外と親和性があるのかがよく分かります(ま、罪なき行為について否定する立場は多少、カルヴァン派にはあるけども)。
