日本学術会議会員人事任命拒否問題。

参議院予算委員会でも議論とは言えない状態が延々と続いている。

菅義偉氏の、官僚達に守られる、いや守らせる有り様には腹立たしさも感じる程だった。

顎で人を使うと言うか、どう見ても他人への配慮を持ち合わせている人物には見えない姿勢を露呈していた。

確かに総理大臣は行政の長ではあるが、顎であしらって良い訳がない。

官僚は日本国民の為の官僚・公僕であって、菅義偉氏の私僕ではない。

民間企業であれば、ブラックと言われる企業か、低迷期もしくは倒産前の企業経営者そのものと言っても過言ではないだろう。

官僚は無理苦理とも言える理論を後付で構成し、苦慮感がにじみ出ていた。

ここで問題にしたいのは、討論中に説明されたある内容である。

学術会議会員人事任命拒否にあたり、任命拒否が何ら法的に違法では無い事を任命拒否前に菅義偉氏は内閣法制局等に確認している。

と言う発言と、

国民へ責任が取れない程の問題、説明が出来ない程の問題がある場合の任命拒否は推薦に基づいたものであっても何ら法的に違法ではない。

形式的と言うものは、100%ではなく、ある程度の幅があり、任命を絶対にしなければならないと言うものではなく、従来から一貫した解釈で、何ら法解釈を変更したものではない

と言う内容の説明である。

これらの説明では、総合的、俯瞰的活動を確保する観点から判断したとする菅義偉氏の説明では拒否出来ない事を意味し、

更に国民への説明、責任が取れない程問題がある人物の推薦がなされた場合となれば、

6名の候補者のみならず、その6名を推薦した推薦人を問題視すべき事、その推薦を是とした学術会議そのものを問題視する事こそが極めて重要であり、そこが完全に抜け落ちている。

これらが表す結論は

菅義偉氏と菅義偉氏の取巻きによる、排除思想思考においてなされた所業と言わざる負えない事となる。

菅義偉氏と官僚の説明を前提に考えれば、

推薦された105名の名簿を見た誰かが、任命拒否判断前に内閣法制局にて法的根拠を確認し違法性無しとの判断を受け、

個々の候補者を任命する事について、国民への説明、責任を負う事が極めて困難であると言う理由で、推薦に基づく任命であっても、拒否する事は合法であるとし、

6名を名簿から削除。

菅義偉氏へ新たに作成された99名の名簿と、資料として105名の名前が記載された名簿を提出し任命拒否の判断を仰いだとなる。

理屈が合わない。

従来から一貫した法解釈である。とするならば、内閣法制局へ確認する必要はない。

一貫した法解釈は総合的、俯瞰的判断では任命拒否は不可能であり、日本学術会議の在り方に問題があるとする場合、会員任命とは別問題であり、例え内閣総理大臣であっても、一存で処理出来るものではない。

万一日本学術会議の在り方が理由で6名の任命拒否を行った場合は内閣法制局等の説明する解釈から掛け離れ、違法行為となる可能性は極めて高くなる。

要するに、総合的、俯瞰的と言う説明を菅義偉氏が行った時点では、内閣法制局が法的根拠、合法性の確認に至っていなかった事を意味する事になり、

後付で合法性をこじつけようとしたが、さらなる問題を引出した事となってしまっている。

日本学術会議会員任命拒否問題は難しい問題ではない。

野党はもっと順を追って考えるべきで、既に結果は出ているはずである。

総合的、俯瞰的理由も、学術会議の在り方も菅義偉氏が任命拒否に持出しては決してならない理由である事は内閣法制局等の官僚が既に説明している事は国会答弁を見れば誰もが理解出来る事実である。

菅義偉氏は任命拒否を一旦保留とし、日本学術会議の在り方を国会で議論する事とするべきで、それこそが総理大臣として取るべき姿勢だと私は考える。