日本学術会議会員の任命を拒否せざる負えない菅義偉政権。

菅政権が日本学術会議会員の任命を拒否したのは、安倍政権時に反政権的な指摘を行った事が理由とする説明をしているTV局やコメンテーターがいる様だが、少し違う様に思えてきている。

確かに任命拒否された方々は、安倍政権の政策に批判的な指摘を行っていた様であるが、無視もしくは政策の有用性を国民に向け発すれば済む話だ。

安倍政権時代は学術会議も国民も無視してきただけであろうし。その場に菅義偉氏もいたはずだろう。

では菅義偉氏率いる菅政権はなぜ。

政治家たる信念も、思想思考も無く、ただ権力に群がり、その場に留まる事のみを利とし、責任も取ろうとせず来た者達が、

生涯を学術の中に身を置き自身の責任、信念理念と思想思考、学術上の理論を持って論じる者達の論に対し、

対峙的に、しかも公の場で討論できる能力がある訳も無く、

更に菅義偉氏と加藤勝信氏、二階俊博氏には、論ずると言う気どころか、

国民へ説明する事すら能力は無いだろう。

作文を読む事は出来るだろうが、作文無しに公の場で発言すれば、アタフタするか、意味不明な事をダラダラ言うか、国民をバカにした発言を平気で行い気付けずにいる事だろう。

結局は日本学術会議会員からの指摘、反論が怖くてならないのだろう。

これは官僚人事も同様で、政権の意向に従えない官僚は排除すると言うよりは、

自身の無策無能、幼稚で稚拙な部分が露呈する事を恐れる結果、指摘、反論を極めて恐れているとしか考えられない。

であるから、政治的信念理念、思想思考、責任も考られず、

重要な指摘も聞けず、

民間への脅迫、脅しともとれる値下げ強要や、

中曽根康弘氏の葬儀に政府が関与し税金を投入する事の強行や、

検察庁人事への介入、

等を平気で行えてしまうのである。

菅義偉氏が絡んだ問題でまともに説明がなされたものがあっただろうか。

加藤勝信氏がまともな説明をされただろうか。

二階俊博氏がまともな説明をされただろうか。

彼らがまともに政治を司る立場にいると思えるだろうか。

であるが故に、学術会議会員の任命を拒否せざる負えなかったのではないだろうか。

でなければ、拒否する理由は無いと考えられるはずだ。