見沼の田んぼという桜の名所があることを知ったのはちょうど1年前、高山、富山の旅を計画していた頃だ。けんじいと高祖父を同じくする遠い親戚で埼玉県に住むその人と会ったとき、その人の口から出た。
それが記憶に残っていて、今年行ってみようと2〜3人に声をかけたが、いずれも断られた。1人でも行くつもりだったが、前日ハーモニカの定期演奏会に来てくれた会社の同期たちと、サークルの打ち上げ会の直前に20分ほど飲んだ際に声をかけてみたところ、そのうちの1人が一緒に行こうと言ってくれた。
見沼の田んぼはだだっぴろい。そのどこに行くかによっていろんな行き方があるらしいが、いくつかある駅から最も近い武蔵野線東浦和駅からの「見沼代用水西縁」を中心に歩くことにした。上の写真は最初に歩いた「西縁」と「芝川」を結ぶ「見沼通船堀」(下)の説明板だ。
「見沼代用水」の名称、訳が分からない。見沼の田んぼってそもそも何かと調べると、もともとこの辺りは利根川と荒川が近く一部合流しており、付近で氾濫を繰り返していた。それを利根川は銚子方面に流し、荒川は隅田川を作るなどしてやはり流路を変えた。
(近くを本来貨物線だった武蔵野線が走る。貨物列車が頻繁に通る)
その結果、この2つの川の間の池沼地帯の新田開発が進み、1720年代に見沼田んぼが生まれたと言う。新田開発の当初には荒川から流れ込む水を貯めた(見沼)が、それだけでは不足したために新たに利根川から用水を引いたので、「見沼代用水」と呼ばれるようになったと言う。
もっとも桜並木自体は、どうやら1980年代以降の行政による植樹が実ったもので、江戸時代とは関係がなさそうだ。そして我々が歩いたのはごくごくその一部であることがわかった。どこまでも続きそうなので適当なところ(下の写真のあたり)でUターンした。なお間に芝川を挟んで「見沼代用水」はこの「西縁」だけでなく「東縁」もあり、それぞれが延々60kmに及ぶというから驚く。
桜自体は少し東京より遅いのか満開ではなかったが、ゆっくり歩いても汗ばむほどの陽気に、よいウォーキングになった。






