読売新聞がロンドン五輪に合わせ
スポーツをテーマに制作したラジオCM。
ラジオを聴く習慣がなくて
残念ながら YouTubeで初めて見ました、いや聞きました。
鉄拳の振り子に・・・お父さんの振り子が止まれ!の願いに、まじ泣き!
スポーツの裏にある、それぞれのストーリに、、、またまた、まじ泣き!
~ YouTubeから ~
『父の怒鳴り声』
「ユギ!行げ!」
父の声援が、恥ずかしかった。
マラソン大会でも、県大会でも
インターハイでも、
「行げ!行げ!」
その不格好な声を振り払うように
逃げるように
いつも死に物ぐるいで
手足を動かした。
気づけば、前の選手を抜いてる
私がいた。
世界大会に出るようになった今
父はもうこの世にはいない。
だけど、
「行げ!行げ!ユギ!」
あんな変な声、
耳から離れるわけがない。
世界のどこを走っても、
それは私も死に物ぐるいにさせるんだ。
ありがとう、お父さん。
『反発の卓球』
「卓球なんて辞めちまえ!」
父は口癖のように
いつも言った。
「部活やってる暇があったら、工場手伝え」
でも父が反対すればするほど、
高校生の僕は意地になって
卓球に打ち込んだ。
全国大会に出たときでさえ
「卓球なんて辞めちまえ!」
工場が忙しいからと
父だけは見に来ない。
そうして三年間が過ぎていった。
父が、よりによって
進路相談の三者面談に
来たのはなぜだろう。
父より若いその担任が言った。
「ご本人は卓球のスポーツ推薦を希望してますが
リスクが高すぎます。ケガでもしたら大学生活おしまいですから。
まぁ、将来的なリスクを踏まえるとここは・・・」
「リスクってなんですか!」
「えっ・・・」
突然、父が声を荒らげた。
「リスクのない人生が、いい人生ですか、ねぇ先生」
いちばん驚いたのは、僕だ。
「リスクが嫌なら、とっくに卓球なんて、辞めちまってますよ」
帰り道。
何を話せばいいのかわからなくて、
ずっと黙っていたけれど、
家に近づいてきたとき
父が舌打ちをするのを聞いた。
「はぁ、反対されるほど 意地になんだよ」
なんだ、それって
同じじゃないか。
父さん、俺たち親子なんだね。
『ベンチのキャプテン』
高校時代、
野球部のキャプテンは
いつも補欠だった。
僕のことだ。
ベンチのキャプテン。
それが珍しかったか、一度、新聞に取材されたこともある。
「補欠なのにキャプテンって、人望が厚いんですね」
そう言って
無邪気に微笑む記者。
くそくらえだ。
人望なんかより、ただ野球の才能が欲しかった。
僕は、ベンチの僕が嫌いだった。
そんな気持ちを隠していたのは、
僕がただキャプテンだったからだ。
そして一度もグランドに立つことなく
最後の夏は終わる。
県大会の二回戦敗退だった。
母が倒れ、入院したのは
僕が高校を出て東京で一人暮らしを始めた年の冬だ。
実家に帰って母の持ち物を整理していると
タンスの奥に、
一枚の切り抜きを見つけた。
「ベンチのキャプテン 人望厚く」と書かれた小さな見出し。
その記事だった。
僕が破り捨てたあの記事が
セロハンテープで、つなぎ合わされてそこにある。
「ああ、それな」
父が言った。
「それ、お前が出ててから母さんずっと冷蔵庫に貼っとったぞ」
込み上げてくるものを
僕はこらえた。
『ユニフォームの嘘』
裕之。
毎日サッカー部おつかれさま。
レギュラーで頑張ってるって言うけど
嘘をつかなくてもいいですよ。
試合のたびに、
ユニフォームをわざと泥で
汚してるんでしょう?
でもね、泥だらけの
ユニフォームを洗うのは、
母さん、何千回やっても苦じゃありません。
それは、
あなたの母さんだからです。
その汚れが、そのうち本物になるかもしれない。
けど。
その日が来なくったって、
私はちっともかまわないのです。
試合を見に行くと言うと
あなたが怒るから、
いつも洗濯機を回しながら
そっと、想っています。