Jesusの喩え同様simpleゆえに 難解な 聖書 | ken'のブログ

ken'のブログ

徒然なる思いなどを書きます…

投稿写真

読むほどに これほどシンプルにかつ理解するに難解な本はない、と再三感嘆する。

800年というめまいさえ感ずる時間の長い帯と シリア、メソポタミア、エジプト、ガリラヤ、エルサレム、ギリシア、ローマと場所を越えて、光で始まり、光で終わるこの一連の話は、単純なんだけれどもそのよって書かれた背景と意味を 私たち日本人が理解するのに難しい本はない。あまりに単純に書いてあるから誤認してしまう。

R.Torstoy、J.D.Salinger、中川健一、F.P.Dostefskyを通して気がついたのは、Jesusの言葉はOldTestamentをベースに恐ろしいほどに一字一句が正確に表現されており、まさに未来を見通した神からの”預言”としか表現できない記述であることが、真実味と厳格さをもって響いてくる。たとえば、Jesusが語った

”光のあるうち光の中を歩め”を

私たちは、それを読んだ10人がそれぞれ10通りに受け取ってしまうが、恐ろしいことに

その真意は一つしかない、

ほかの解釈では正確な意味を伝えてない
ことに 私たち自身が気がついていない、
という事実だ。

それゆえに Jesusの行った奇蹟を
何度も見たPeterやJohnたちは、
Jesusが話した言葉の意味が理解できないとき、
その意味を聞き直したり、

たとえ、ユダヤ人上層部社会から除け者=生活基盤の土台がなくなるとしても
命を賭けて
Jesusの語った言葉を
伝えようとした。

実際、12人の使徒のうち
11人は逆さ磔刑や斬首、槍で突かれたり、
身体の生皮を剥がされて殺された。

2人の罪人が死んだ毒杯を飲まされたヨハネのみ
奇跡的に助かり、その後、流罪となって
パトモス島で黙示録を表わして天寿を全うした。

私たちの常識では
考えられないことが
幾つも重なって
この書は、伝えられてきた。


常識とは、もっとも合理的な意識と
私たちは思って生きているが

その意識自体に限界があることを
私たち自身が、気づいていない。