紀元1世紀の女性の”社会的価値
”を神の視点で説くJesus
2000年前に女性の尊厳を説くJesusとそれを是としない中東、欧州中世、欧米近代社会。
17世紀の画家を代表するフェルメールや画家ティントレットの名画に
「マルタとマリアの家のキリスト」をテーマにしたものがある。ルカによる福音書 10章 38節にあるマルタとマリアの有名な話だ。
当時の伝統的なユダヤ人社会の女性は、家を守るために子を産み、育て、水汲みや家事全般を行い家系を残すことが大きな役割だった。
町の集会や宗教組織、学問や政治に口を挟むことは憚れ、まして客人を迎えて弟子たちが大勢いる中でラビの足元に座って話を聞くなどは、女のする事ではなく、パンを焼いたり、料理を振る舞うことが、女性に与えられた仕事というか社会一般の考え方だった。
Jesusは、自分の足元で熱心に話を聞く妹のマリアをたしなめるどころか、それを責めるマルタを優しくいさめている。
「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに気を回しているが、本当に大切なことは、多くはない。
一つしかないのです。
マリアはそれを選んだのです。マリアからそれを奪ってはならない」
2000年前に女性の尊厳を説くJesusとそれを是としない中東、欧州中世、欧米近代社会。
17世紀の画家を代表するフェルメールや画家ティントレットの名画に
「マルタとマリアの家のキリスト」をテーマにしたものがある。ルカによる福音書 10章 38節にあるマルタとマリアの有名な話だ。
当時の伝統的なユダヤ人社会の女性は、家を守るために子を産み、育て、水汲みや家事全般を行い家系を残すことが大きな役割だった。
町の集会や宗教組織、学問や政治に口を挟むことは憚れ、まして客人を迎えて弟子たちが大勢いる中でラビの足元に座って話を聞くなどは、女のする事ではなく、パンを焼いたり、料理を振る舞うことが、女性に与えられた仕事というか社会一般の考え方だった。
Jesusは、自分の足元で熱心に話を聞く妹のマリアをたしなめるどころか、それを責めるマルタを優しくいさめている。
「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに気を回しているが、本当に大切なことは、多くはない。
一つしかないのです。
マリアはそれを選んだのです。マリアからそれを奪ってはならない」
それゆえ、マルタがJesusの足元に来てJesusの話す言葉を聞き、理解する方が、食事の用意をするよりJesusは、喜んだであろう。
当然、マルタが主要な人々の食事の用意をしなければ、食事の時間は遅れ、また簡素な食事になっただろう。
だが、Jesusは、食事をするためにベタニアにあるマルタの家に来たわけではない。
そしてトーラーの中に幾つも預言されていたメシアの登場に浮き足立つ弟子たちが、Jesusが何度も十字架の死と復活の預言を語ってもそのことに気づかず、意味を全く理解しないのに対して、マルタの妹のマリアは、Jesusが自身の死と復活を語っていることを理解する。Jesusの言葉を心に留めていたからだ。
Jesusはこの時と、マリアがJesusの死を察して非常に高価(300デナリ相当/労働者300日分の報酬額)なナルドの香油をかけた時、イスカリオテのユダに叱責されたマリアを再度、高く評価した。
なぜなら、この時点でもペトロを始め弟子や側近の12人の使徒たちですらJesusの死を正確に認識していなかったからだ。
「あぁ、なんと鈍い人たちか…私はいつまでこの人たちと一緒にいなければならないのか」
弟子たちは後になってJesusの語っていた意味を理解する。
自分の心が、頑なときや自己の誉に陶酔している時、真理が見えないことがある。





