イエスの言葉 | ken'のブログ

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徒然なる思いなどを書きます…


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人間は、唯一無二の存在で、
同じ個体は一つとしてない。
みな、その人にしかない個性と
特長を持っている。

と、同時に私たち人間は、
同じ組成を持った動物で
地球上の生物の頂点に座し、
地球という舞台で生活し、
それぞれに与えられた才能や
自らの行動の自由を得ている。
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現在、認識されている
宇宙という空間の中で
恵まれた存在だと思う。

自分が唯一無二の存在で、
同時にこの世で同じ性質を持った
存在であることを認めると、
他の人も
自分同様に貴重で
尊厳性を感じる。

人は、その置かれた環境で
生き方や存在自体も大きく
異なってしまうが、
誰もが、その環境に置かれたら
その人のようになるだろうが、

置かれた環境ばかりか
持って生まれた才能すらも
天から与えられたものだ。

だとすると、
人は、自分が意識しようと、
しまいと、与えられた役割があり、
それぞれの存在意義と
意味があるはずだ。

同じ人間でかつ、
違う存在。

そしてこの世に
何かの使命のようなものを
担わされて
生まれてきている存在。

我欲が強いわれわれ人間は、
時に
自分の敵の敵は、
共に同じ敵をもつ友だ、
とさえ思う。
利害関係が合致すれば、
多少の違いはあっても
それを利用する。

反ローマ帝国の
ユダヤ教・超正統派のパリサイ派の人々(宗教指導者)が、
ローマ人にユダヤの魂を売ったヘロデ党の人間たち(政治家)と結束して
イエスを殺害したように。

イエスは、パリサイ派の人間に
トーラーの中で1番大切な教えは何か、
と聞かれて、

神を愛することと
自分を愛するように
自分の隣人を愛せよ
と言った。

そしてイエスは、
自分を十字架に打ち付け、
殺そうとしている
ローマ兵や
ユダヤ会議最高幹部の人々、
ユダヤ教指導者、
指導者に扇動、或いは迎合する
ユダヤの一般大衆、
逃げ隠れている弟子たち
について

父よ、彼らを許したまえ。
彼らは自分が何をしているのか
自分でわからないのです

と言った。

人間とは、他の動物にはない
崇高な生き物である
と同時に
残酷で
こういう愚かな存在である。

しかし、イエスは、
そういうわれわれ人間を
愚かな人間を
救うために
この世に来て、
そして死んでいった
これは今から2000年前の
ユダヤ人、ローマ人、エジプト人がみな
認めた事実であるのに…
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