<還る場所>
5人は気持ちが弾んでだんだん小走りになる。「待ってよー。」「おせぇ奴が悪いんだ。」
「やっとついたー。みんな走り出すんだからついて来るのが必死だったよ。」
「ついてこれてなかったじゃねーか。マイペースバカめ。」
「まぁまぁガンちゃん、マッサーも一生懸命走って来たんだ勘弁してやれよ。」
「サトルは優しいなぁ。」
プルルルルル・・・
はっ!なんだ夢か。随分懐かしい夢だった様な気がするな。
「もしもし?なんだって?それはそっちでなんとかしろよ。俺は責任取りきれないよ。」
プルルルルル・・・「わかりました。私の責任でやらせていただきます。」
休日だろうと関係なく携帯電話がなり響く。社会とは、あらゆる責任のかけひきで出来ている。下の者の仕事ぶりを見極め、自分の責任の成果として上に持って行けるか。上からの無謀なノルマをどう責任取らずに済ませるか。本当に面倒だ。いつからだろうか、こんな風に考える様になったのは。
俺は村木 悟。30歳。商社に勤務するサラリーマン。毎日仕事に追われるルーティーンに飽き飽きしていたが商社という肩書きに大変満足していたから、これまで辞めたいなどという感情は無かった。小中高を長野の田舎ですごし、大学から東京に出てきた。故郷を離れる時は、東京という都会に出る自分が誇らしかった。しかしいざ足を踏み出すと、人口一千万を超える大きな世界に自分はやはり田舎の顔であるという事を思い知らされた。そんな世界に負けたくないと、大学の勉強に精を出し、必死の就職活動を経て今に至る。入社して8年。自分も立派に都会に馴染んだ顔になっているはずだ。しかしなんだ、この感じは。幸福とは何か。楽しみとは何か。人は何のために生きているのか。いつからだろうか、答えの出ない自問自答を繰り返すようになったのは。
そんな時だった。仕事以外でほとんどならない俺の電話がなったのは。
「おおアキラか、同窓会?巻小の?」
「あぁ。来月の1日の土曜日。悟もこいよ!3連休だろ?」
「予定がまだはっきりしてないんだ、空いてたら行くよ。」
「今回はガンちゃんもマッサーもエリトも来る!あの吉田先生も来るらしいから絶対来いよ!」
「そうか分かった、出来るだけ行けるようにするよ。」
「おっけー。じゃあ1日、楽しみにしてるからな。」
今更小学校の同窓会か。小学生の頃に仲の良かった5人組が揃うのは成人してから一度もなく、これといって連絡するような用事も無かったために高校以来の進路や就職先もはっきり覚えてはいなかった。
武藤 明(アキラ)仲良し5人組のリーダー的な奴。岩波 一雄(ガンちゃん)実家が有名な不動産屋でおぼっちゃまでいつも蝶ネクタイしていたイメージだ。岡崎 雅之(マッサー)ぽっちゃり系のノロマだった。落合 拓人(エリト)学校一番のエリートだったことからこのあだ名がついた。
当時は放課後のほとんどを5人で遊んだ。田舎の学校だったために、校庭の柵を越えるとすぐ山に入る。そこが俺たちの遊び場だった。毎日遊んでいたが飽きる事は無かった。吉田先生はまだ新任の若い先生で俺たちの遊び場に顔を出すことも少なくなかった。ベーゴマにはまっていた時は、先生が駒のそこの削り方や貝殻にロウソクの溶かしたロウを詰めて作るバイゴマなんかを教えてくれた。純粋に毎日が全力だったあの頃を思い出すと、現在とのギャップに少し怖くなる。大学生になってからは、都会の人間と比べた時の自分の劣等感を払拭させるためにがんばってきたが、正直長野にいた頃は毎日が楽しければそれで良かった気がする。みんなどんな生活をしているんだろうか。
久々の再会を実現させるために、俺は有休を使って無理やり1日の予定を空けた。
会場の地元の居酒屋に行くとアキラが俺を見つけた。
「サトルー!ひっさしぶりだなぁ。もう始まってるよ、おせぇなぁ。」
目尻にはくっきりとした深いシワが出来ているが、昔のままだ。
「久しぶりだな、遅れてすまん。他の連中はどこにいるんだ?」
「向こうだ、ついて来い。」
アキラに連れられて奥に向かう途中も、懐かしい顔がいっぱいだ。懐かしい顔が多いせいなのかとても温かく感じる。東京では感じないこの故郷の温かさはどこからくるのか不思議だった。
「サトルじゃねーか!」
「マッサー、声がでけぇよ。」
髭が生えているがこの声のでかさとぽっちゃり体型は間違いなくマッサーだ。それに対する冷静なツッコミが相変わらずだなガンちゃん。
「サトル。久しぶりだな。表情硬いなぁ、緊張してるのか?」
「エリトか?なんだ分からなかったよ!今でもこっちに住んでるのかい?」
「あぁ、今は実家で農協の手伝いをしてる。」
「サトル驚いたか?エリトは去年こっちに戻って来たんだ、あのメガバンクを辞めてな。」
アキラがニヤニヤしながら説明する。
エリトはあだ名の通りエリートだった。高校からは東京の難関私立に入ったために下宿生活で、大学もかなり有名なところだった様だ。
なぜエリトは大企業を辞めてこんなところに戻って来たんだ?会社でイジメにでもあったのか?
その時の俺には全く理解出来なかった。違和感を感じるほどの故郷の温かさと、エリトの辞職の理由が。
「他のみんなはどこで働いてるんだ?」
「俺たちはみんな戻って来たのさ、ここにな!」
ガンちゃんが真剣な顔でそう言った。
「お前ら大学からはみんな都会に出たんだろ?どーしてまたこんなところに戻って来たんだ?」
「みんなやっぱり、故郷が好きだったってことだな。サトルも戻って来いよ!」
アキラが終始本気なのか冗談なのかわからないテンションを俺にぶつけてくる。ここに戻る?何を言ってるんだ。こんな田舎で今より稼げる仕事なんか無いだろう。エリトといいアキラといい何を寝ぼけているのか
。
「吉田先生わ?」
「先生は今日体調悪くて来れないみたいだ。そーいえば手紙預かってきた。サトルに宛てたものらしい。」
アキラがお尻のポケットからしわくちゃになった茶封筒を取り出した。中には一枚の手紙と小さな封筒が入っていた。
"村木 悟君へ
お久しぶりです。五、六年生時担任をしていた吉田です。お元気ですか?これは当時の君からタイミングが来るまで預かっていてくれと頼まれた物です。まだ小学生だった君は、何に迷っていたのか、何が不安だったのか、思いつめた顔をして私に頼んで来ました。覚えていますか?私は今がタイミングと判断しました。だからお返ししますね。
吉田"
もう一つの小さな封筒の中には、鍵と紙が入っていた。
「なんだったんだ?」
4人が不思議そうに聞いてくる。
「わからない。」
本当に全く記憶に無かった。自分で書いたのか汚い字で"キチから数えてゼロの下に時空玉をうめた"という暗号文?の様なものが書いてある。
「なんだこれは。キチ?」
ガンちゃんが顔をしかめる。
「基地じゃねーか?秘密基地!」
マッサーが大きな声で言った。
「秘密基地?なんだそれ。」
「よく作ったじゃねーか、小学校の裏山に!」
「そーか、それだ!じゃあ、ゼロってのはなんだ?」
「それはわからない。」
「本当に覚えてないのか?吉田先生に渡したのを。」
「全然覚えて無いんだ。ゼロって何なんだろう。それに時空玉も。」
「時空玉、、、ドラゴンボール?」
マッサーが陽気に言う。
「バカ!そんなわけねーだろ!タイムカプセルかなんかじゃねーの?」
「ガンちゃんそれだよきっと!!」
「サトル、そーなのか?」
「分からないけどそーかもしれない。」
タイムカプセル?そんなもの埋めた記憶が全然無いが可能性としてはとても高い気がする。なぜこんなにも覚えていないんだろうか。吉田先生によると思いつめた顔をしていたらしいが、それくらい何かに悩みを抱えていた俺がいたなんて。
「おめぇ一人でタイムカプセル埋めたのか?ゼロの下に。」
「わからないんだ。全然覚えてない。ゼロってなんなんだろう。」
「とりあえず、同窓会ももうすぐお開きだし、その後5人で行ってみるか?秘密基地。」
アキラが楽しそうに提案する。
「まぁそんなもんもう跡形もなくなってると思うが、行ってみよう。」
同窓会が終わってから各自何やらスコップやら懐中電灯やらを取りに一旦家に戻っていった。俺はエリトを呼び止めた。
「エリト、どーして大企業辞めてこんなところに戻って来たんだ?会社で何かあったのか?」
「別に何も無かったよ。本当に何も無かったんだ。サトル、お前はどうだ?何かあるのか、会社で。」
「いいや、別に何も無いけど」
「そーか、満足ならそれでいいんだ。」
エリトはボソっと何かをつぶやいたが聞き取れなかった。はっきりとはわからなかったが、エリトがなぜ会社を辞めたのか少しだけ、分かった気がした。
「さっみんな戻って来た。キチに行ってみよーぜ。」
小学校の門をよじ登って中に入り、校庭を抜けて山に向かう。田舎道もそうだが夜の学校は真っ暗だった。裏山への道のりはあの頃とほとんど変わっていなかった。獣道の様な、道なき道をライトを照らしながらゆっくり進む。
「こんなに細い道だったっけ?」
マッサーが歩きにくそうにつぶやいた。
「あの頃はみんな小さかったんだ。それにお前はでかくなり過ぎだな。」
ガンちゃんはマッサーに対していまでも毒舌な様だ。
「基地の場所なんて覚えてるのかよー。」
「思い出して来たぜ、この奥だ!鉄塔があっただろ?その近くだ。」
アキラが先頭ではしゃいでいる。
「鉄塔?そーか分かったぞ。サトル!ゼロはゼロ番鉄塔じゃないか?」
「そーかそーゆーことだったのか!」
「でもゼロ番鉄塔は随分遠いぜ?村の隅にある鉄塔だからな。」
村にはいくつか鉄塔が立っている。それが目印になることが多く、村の入り口側から数字で呼ばれていたのだ。秘密基地があったのは3番鉄塔の近くだったから、ゼロ番鉄塔までは随分距離がある。
「あ、そーか!だからキチから数えてなんだ!基地から数えた場合ゼロは3番鉄塔じゃねーか?」
「マッサー、お前は探偵か?なかなか鋭いな。」
俺も楽しくなってきた。5人は気持ちが弾んで暗い山道を小走りになりながら3番鉄塔を目指した
「やっとついたー。みんな走り出すんだからついて来るのが必死だったよ。」
「ついてこれてなかったじゃねーか。マイペースバカめ。」
「まぁまぁガンちゃん、マッサーも一生懸命走って来たんだ勘弁してやれよ。」
「サトルは優しいなぁ。」
デジャブか?いつか見たことある気がする様な場面だ。
鉄塔は基礎のコンクリートに苔が着いて大分古びている様に見える。昔はもう少し綺麗だった気がするが、20年という歳月を考えるとそれも当然か。
「ゼロの下ってここで間違いねーのかな?」
「とりあえず掘ってみるか。20年前の代物だ、ダメもとダメもと!」
掘り始めてから約20分
「おい!みんな来いよ!これじゃねーか?」
「本当だ!間違いねぇ!」
それは土がこびりついていたが、しっかりとした黒い箱だった。鍵穴は土がつかない様にテープでガードされている。
「サトル、何か思い出したかよ?」
「いや、まだ全然思い出せないんだ。」
やはり、不思議なくらいにその箱に見覚えが無かった。
「開けてみろよ!」
「あぁ。」
鍵穴を塞ぐテープを剥がし、鍵を刺してみる。カチッという音がして箱が開いた。するとその箱から聞き覚えのある音楽が流れてきた。これは、、
「小学校の校歌?」
「あぁ、オルゴールだ。」
2.3分だろうか、オルゴールは鳴りやんだ。
「中に何か入ってるぞ。」
ライトを当ててエリトがそういった。
手紙?
「また手紙か?次も暗号か?」
「いいや、これは普通の手紙みたいだ。」
"
おれは今、12才だ。いつかのオレは幸せか?ちゃんと
前を向いているのか?多分ここにきているということ
は、幸せではないんだろうな。今のオレは、しあわせだぞ。みんな
も一しょだ。みんなで遊ぶまい日がたのしい。まい日全力でわらいすぎて、しょ
う来は目のよこに深いしわが出きそうだ。今のオレのしょう来の夢は、社長になることで
もサッカーせん手になることでもない、お金もちになることでもない。
どうせ、1度の人生だ。今のようにまい日をたのしくすごせたらいいな。いつかのオ
レ、今のオレの夢をかなえてくれよ。じゃあ
な。
いつかのオレへ、今のオレより"
なんだこれは、誰が書いた文章なんだ。12歳の俺が今の俺に宛てた手紙なのか?まるで今の境遇を見ているみたいじゃないか。毎日が空虚で、自分自身が何のために生きているのかわからない。幸せとは何なのか。仕事に追われるルーティンに笑うことすら忘れてしまっていた自分。まさか小学生の自分に気づかされるなんて。
「なんで泣いてるんだ?」
「なんでもねーよ。」
ここの村に戻ってから違和感が続いていた。不自然な温かさ、アキラの目尻のシワ、エリトの辞職。自分は今ようやくその答えが分かった。不自然に感じた温かさは、都会のサラリーマンの建前社会の中に慣れてしまっていたからだ。アキラの目尻のシワになぜか目に止まったのは、全力で笑ってきた証拠だからだ。エリトは会社で何かがあって辞めたのでは無く、ただ何もなく、自分が空虚に感じたからだったんだ。
それに気づいたとき、今の自分の生活がとてつもなく虚しく感じ、仕事を辞めようと決意した。人間の、幸せの本質とはどこにあるのか。この手紙はきっとその本質に鋭く近い。生まれて生きて死んでいくだけの、この一生。誰かと比べて、比べられて、責任の擦り合いに人生の時間を費やすのではなく、楽しいと思える、幸せと思える時間や空間に人生を使う事こそが人として生まれた自分の幸せの本質ではないか。12才のオレ、ありがとう。
プルルルルル・・・・
はっ、ゆめ、、だったのか?こんなに鮮明な記憶の夢は初めてだ。何か大切なことが分かった気がする。
プルルルルル・・・・
「もしもし。」
「もしもし、サトルか?俺だ、アキラだ。」
「アキラか?ちょうどさっきお前らの夢を、、」
「エリトが自殺した。」
え?夢の中では仕事を辞めてあんなに楽しそうだったのに。現実は結局そんなに甘くなったと言うことなのか?
その後しわくちゃになった封筒が俺の家に届いた。宛名は無し、中には小さい手紙が入っていた。
"
おれは今、12才だ。いつかのオレは幸せか?ちゃんと
前を向いているのか?多分ここにきているということ
は、幸せではないんだろうな。今のオレは、しあわせだぞ。みんな
も一しょだ。みんなで遊ぶまい日がたのしい。まい日全力でわらいすぎて、しょ
う来は目のよこに深いしわが出きそうだ。今のオレのしょう来の夢は、社長になることで
もサッカーせん手になることでもない、お金もちになることでもない。
どうせ、1度の人生だ。今のようにまい日をたのしくすごせたらいいな。いつかのオ
レ、今のオレの夢をかなえてくれよ。じゃあ
な。
いつかのオレへ、今のオレより"
夢に出てきた手紙だ。しかし、読んでみて気づいた。隠されている文字に。俺は怖ろしさのあまり、手紙を投げ捨てた。
"お・前・は・も・う・も・ど・レ・な・い"