フィンガーダンサー.Blog byケンディジット -37ページ目

氣志團 フィンガーロゴ フィンガーロゴ Finger font Logo hand ハンドロゴ

氣志團  Finger font Logo No.278 手を117使用 フィンガーフォントロゴ

本来は真っ黒のシルエットですが、人物画をイメージして作りました。BOOWYを元にしつつよくできたデザインですよねー。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

氣志團(きしだん)は、千葉県木更津市で結成されたヤンキーロックバンドである。所属レコードレーベルは影別苦須 虎津苦須 (avex trax)。所属事務所ソニー・ミュージックアーティスツ(オフィス男闘呼塾エンターテインメント)

自らのロックをパンク・ロックとヤンキーの融合「パンキー・ロック」と提唱し、1980年代不良を髣髴とさせるリーゼント&学ラン姿で活動する。

木更津出身と謳っているものの、メンバーの誰一人として木更津出身者はいない。木更津の地名を使用しているのは近隣の自治体の中で圧倒的に木更津の知名度が高いためと思われる。綾小路翔はバラエティー番組などで地元を紹介する際は必ずといってよいほど木更津の紹介をしているが、実際には小中高を通じて一度も木更津の学校に通ったことはない。

 

出身地 日本の旗 日本 千葉県木更津市
ジャンル J-POP
ポップ・ロック
ポップ・パンク
コミックソング
ロック
活動期間 1997年 -
レーベル TINSTAR RECORDS
2000年 - 2001年
東芝EMI
EMIミュージック・ジャパン
(現:ユニバーサルミュージック
2002年 - 2008年
影別苦須 虎津苦須 (avex trax)
(2009年 - )
事務所 ソニー・ミュージックアーティスツ
共同作業者 阿部義晴
公式サイト 氣志團 MIDNIGHT SPECIAL THE KNIGHTS KISHIDAN FROM ROUTE 127 OF FAIRIES
 
メンバー 綾小路翔ボーカルMCギター
早乙女光(ダンサー・スクリーム)
西園寺瞳(ギター)
星グランマニエ(ギター)
白鳥松竹梅(ベース
白鳥雪之丞(ドラムス
 

メンバー

  • 早乙女 光(ヒカル):DANCE & SCREAM :イメージカラー   青
    • キャッチフレーズは「森の賢者」(1月24日生まれ- A型) 千葉県富津市出身。精神年齢4歳。173cm、62kg
    • GIGでは主に綾小路の隣でダンスやコーラスを行う。
    • 歌以外では日本語を喋らず、謎の言語(通称ヒカル語)を喋る。綾小路曰く、「中学の修学旅行で大好きな布袋寅泰のTシャツを購入したが、よく見たらHOTEIでなくHOTELであった。その時のショックから話せなくなってしまった。」とのこと。テレビ・ラジオ番組では紙にイラストを描き、それでコミュニケーションをすることが多い。
    • 結成当時はベースを担当。
    • 運動神経が高く、GIGではダンス以外にバク転や殺陣などの立ち回りや、トランペット、タンバリン、銅鑼、ハーモニカなど、様々な楽器の演奏も行う。
    • 影響を受けたアーティストに、氷室京介BARBEE BOYSニューロティカUNICORNMAD3SPUNKY BOYS浜田省吾などを挙げる。
    • 好きな食べ物は餅、ピザ、鮭とば。
  • 西園寺 瞳(トミー):GUITAR :イメージカラー   紫
    • キャッチフレーズは「多摩の大巨人」(10月23日生まれ- B型) 東京都多摩市出身。Tokyo二十歳前(18歳)。
    • 209cm(リーゼント含む)、72kg。1998年末に加入。加入当初は「ORISON」というバンドのベーシストでもあったため、掛け持ちで活動していた。
    • 影響を受けたアーティストに、Sex PistolsAC/DCThe BeatlesPink FloydGuns N' RosesThe ClashThe Rolling StonesRamonesなどを挙げる。
    • 5枚目のアルバム「SIX SENCES」にて結成されたバンド「Tommy&The Bonjaskys」ではギター&ボーカルを務め、2008年11月5日にミニアルバム「We are The Bonjaskys!」をリリースする。
    • 中日ドラゴンズのファンである。
  • 星 グランマニエ(ランマ):GUITAR :イメージカラー   橙
    • キャッチフレーズは「薩摩隼人は泣きの竜」(3月1日生まれ- A型) 鹿児島県鹿児島市出身。涙のフィフティーン。187cm、56kg。1999年1月加入。加入前は白鳥松竹梅と共に「ホイットマン」というバンドで活動していた。
    • 卓越したメロディセンスの持ち主であり、独創的でメロディアスな曲が多く、自身がボーカルを務める曲も存在する。(オールナイトロング、ロックバンドなど)
    • 影響を受けたアーティストに、RadioheadOasisExtremeYesNOFXCARNATIONUNICORN森高千里などを挙げる。
    • スタジオジブリ作品の大ファンであり、家には数多くのDVDやぬいぐるみなどのグッズがある。
  • 白鳥 松竹梅(マツ):BASS GUITAR :イメージカラー   緑
    • キャッチフレーズは「はちみつ大好きこぐまちゃん」(3月17日生まれ- A型) 鹿児島県鹿児島市出身。怒れる15歳。1999年1月加入。加入前は星グランマニエと共に「ホイットマン」というバンドで活動していた。178cm、59kg。
    • 影響を受けたアーティストにRed Hot Chili PeppersSteve Reichジョン・フルシアンテ長渕剛聖飢魔IIUNICORNAphex Twinなどを挙げる。
    • 演奏中のプレイスタイルはあまり動かず、ほとんどが指弾きがである。これは崇拝する聖飢魔IIのベーシスト、ゼノン石川の影響だと語っている。
    • 2013年10月にモデルの沖樹莉亜と結婚。2014年6月に長女、2017年3月に長男が生まれる。
    • 自身が作詞作曲、ボーカルを務める楽曲「うすぴた」は、2012年2月に行われたスペシャルGIG「ザ・氣志團ベストテン/ザ・氣志團ワーストテン」で、ファン投票による「最もどうでもいい曲」ワーストテンで一位となり、演奏された。ちなみに「最も好きな曲」ベストテンの一位は「鉄のハート」だった。
  • 白鳥 雪之丞(ユッキ):DRUMS & DRUNK :イメージカラー   黄
    • キャッチフレーズは「美しき野獣(のけもの)」(5月24日生まれ- A型) 千葉県君津市出身。トキメキ16歳。183cm、57kg。綾小路翔は「(雪之丞とは)中1からの同級生」であることを自身のツイッターで語っている。2013年2月9日より職業性ジストニアのため一時活動休止していたが、2014年3月12日に更なる治療専念のため、一切のバンド活動を休むことになり"無期限休学"が公式ウェブサイトで発表された[5]。2014年3月30日の無期限休学記念GIGをもって活動休止する。2013年末より自身がプロデュースするファッションブランド「Tears of Swan」を開始。2017年1月に東京都目黒区に「Tears of Swan atelier shop」をオープンする。同年8月15日より合同会社「LIMITED COMPANY-FAB'76」を設立する。
    • 影響を受けたアーティストにeastern youthLAUGHIN' NOSEBOOWYHi-STANDARDMETALLICAGreen Dayビョークなどを挙げる。
    • インディーズ時代はスキンヘッドに髪を卍マークにしていたが、メジャーデビュー後は矢印マーク(通称アローヘッド)にした。

 

BOØWY(ボウイ)フィンガーロゴ Finger font Logo hand ハンドロゴ

BOØWY(ボウイ)Finger font Logo No.277 フィンガーフォントロゴ 手を53使用

もともとかっちょいいロゴなので気合いれて作りましたー!

BOØWY(ボウイ)は、日本ロックバンド。1980年代に活躍。1981年結成、1987年解散。

メディアなどで稀に「BOΦWY」などと誤記されることがある[2][3][4]が、正しいグループ名は、3文字目がギリシャ文字の「Φ」(ファイ)ではなく「Ø」(ストローク符号を付したO)である。

 

出身地 日本の旗 日本 東京
ジャンル ロック[1]
ビートロック
パワー・ポップ
ニュー・ウェイヴ
オルタナティヴ・ロック
ポストパンク(初期)[1]
活動期間 1981年 - 1988年
レーベル invitation/ビクター音楽産業(現・JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)
1982年
JAPAN RECORDS/徳間ジャパン(現・徳間ジャパンコミュニケーションズ)1983年
EASTWORLD/東芝EMI(現・ユニバーサル・ミュージック)
1985年-1988年、以降単発リリース有)
事務所 ビーイング (1981年 - 1982年)
Ø-con' nection(1983年 - 1984年)
ユイ音楽工房(現:ユイミュージック)(1984年 - )
共同作業者 佐久間正英
ホッピー神山キーボード
松武秀樹シンセサイザー
 
メンバー 氷室京介ボーカル
布袋寅泰ギターコーラス
松井恒松ベース
高橋まことドラムス
 
旧メンバー 木村マモル(ドラムス)
深沢和明(サックス
諸星アツシ(ギター)

概要

1981年群馬県高崎市出身の氷室京介布袋寅泰松井恒松を中心に東京で結成される。初ライブ後に高橋まことが加入し、1982年に『MORAL』でレコードデビュー。当初は6人編成だったが同年秋に2人が脱退し、以降は解散まで4人編成で活動する。

8エイトビートを基調としポップでありながらもシャープでエッジの効いた縦ノリのロックサウンドや、ジャン=ポール・ゴルチエをステージ衣装に使用したり、逆立てたヘアースタイルなどの斬新なビジュアル等が多くの支持を集め、5thアルバム『BEAT EMOTION』と6thアルバム『PSYCHOPATH』は当時のロックバンドのアルバムとしては異例のミリオンセラーを記録した。シングルでも1987年に「MARIONETTE」が初登場1位を記録し、名実共にトップバンドへとのし上がった。

しかし絶頂の最中にあった1987年12月24日に解散を宣言。この突然の出来事は世間に大きな衝撃を与えた。翌年1988年4月4日、5日に東京ドームで行った『LAST GIGS』にてバンド活動に終止符を打つ。9万枚以上用意されていたこのライブのチケットは僅か10分で完売、予約の電話が殺到した結果、文京区の電話回線がパンクするという事態も起こり、これら一連の流れからBOØWYボウイの人気は社会現象にまで発展した。

翌月にリリースされた『“LAST GIGS”』は、ライブ・アルバムとしては異例とも言える150万枚のセールスを記録している。また、フォトグラファー加藤正憲によって撮影された『“GIGS”JUST A HERO TOUR 1986』のジャケット写真は、BOØWYボウイを象徴する一枚として有名である。

その音楽性、「誰にも似ない」「何処にも属さない」というバンドスタイル、メディアをほとんど利用しない強気な姿勢、斬新なビジュアル、絶頂期での解散、後に起こるバンドブームの火付け役となり全国に数多くのロックキッズを生むなど、BOØWYボウイが及ぼした影響は絶大である。解散後も、ベスト・アルバムや未発表音源がリリースされると常にチャートの上位にランクインしており、今日でもなお日本のロックシーンに変革をもたらしたバンドとしてその地位を確固たるものとしている。

メンバー

解散時

途中脱退

木村マモル(きむら マモル
ドラム、1981年5月脱退
氷室京介がBOØWYボウイ結成以前に加入していたスピニッヂ・パワーのドラマー。元々プロデューサー志望であった為、高橋が加入するまでのサポートメンバーだった。
脱退後の1983年にアルバム『INSTANT LOVE』のプロデュースを担当。現在も音楽プロデューサーとして活動する傍ら、2012年末から「SEIHITSU」名義でミュージシャンとしても活動を始めている[5]
深沢和明(ふかざわ かずあき
サックス、1982年10月9日脱退
群馬時代、布袋が結成した「ジギーリギー」でサックスを担当。BOØWYボウイ結成時はベーシストだったが、松井の加入によりサックスへ転向した[6]
現在は「東京パワーゲート」という劇団で舞台役者として活動中。[7]
諸星アツシ(もろぼし アツシ
ギター、1982年10月9日脱退
群馬時代は氷室、松井と共に「デスペナルティ」でギターを担当。BOØWYボウイ結成時、松井とはアパートの隣室同士だった[6]
BOØWYボウイ脱退から1年後に音楽業界を引退。

 

サカナクション  フィンガーロゴ Finger font Logo hand ハンドロゴ

サカナクション Finger font Logo No.275 フィンガーフォントロゴ 手を63使用

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

サカナクション: Sakanaction)は、日本ロックバンド[3]。2005年結成。

 

出身地 日本の旗 日本北海道札幌市
ジャンル オルタナティヴ・ロック[1]
ニュー・ウェイヴ[1]
エレクトロ[1]
インディー・ロック[1]
ビッグ・ビート
活動期間 2005年 -
レーベル BabeStar Label
(2007年 - 2008年)
ビクターエンタテインメント
(2009年 - 2015年)
NF Records
(2015年 - )[2]
事務所 ヒップランドミュージック
公式サイト サカナクション Official Site
 
メンバー 山口一郎ボーカルギター
岩寺基晴(ギター)
草刈愛美(ベース
岡崎英美(キーボード
江島啓一(ドラムス

概要

2005年に結成され、2007年にデビュー。ボーカルギター担当の山口一郎を中心とした男女5人で構成される。

バンド名は「」と「アクション」の単語を組み合わせた造語。山口一郎はインタビューで、ひねくれたこと・いい意味でふざけたことをやりたく、バンド名にはあまり用いられない「サカナ」を入れ、変化を恐れずにやっていこうという意味をこめて「サカナのアクションでサカナクション」にしたという趣旨を述べている[4]

メンバー

ボーカルギター担当。北海道小樽市出身。本名の「一郎」の他「一路」の表記も使う。
サカナクション結成時のメンバー。ほとんどの作詞作曲を担当している。
サカナクション結成前はギターの岩寺などと、「ダッチマン」というバンドを組んでいた。
両親が小樽で喫茶店をやっており[5]、そこで流れている音楽を聴き、友部正人らフォーク歌手のライブを見るうちに影響を受け、家にあるフォークギターを弾き始めた[5]。10代の頃からビクターの育成部門に所属していた。影響を受けたアーティストにレイ・ハラカミを挙げ「類いまれなる才能」と絶賛している[6]
釣りが好き[5]で、オリンピックの種目に釣りがあったら音楽をやってなかった、と言うほど。また、俳句を愛読しており、俳人では寺山修司種田山頭火を、詩人では吉本隆明石原吉郎を好んでいる。
父親が大ファンということもあり、物心ついたころから中日ドラゴンズファンである。自身の誕生日でもある2011年9月8日の中日巨人戦(ナゴヤドーム)始球式を行った。
右耳に突発性難聴を抱えていて、右耳がほとんど聞こえない状態だったが最近は低い音なら聞こえるようになったという。
ギター・コーラス担当。北海道札幌市出身。愛称は「モッチ」。
サカナクション結成時のメンバー。サカナクション結成前はボーカルの山口などと「ダッチマン」というバンドを組んでいた。
ベース・コーラス担当。東京都出身。愛称は「姐さん」。
それまで活動していたバンドが解散し加入。10代の頃から数々のバンドに参加しており、札幌のインディーズシーンでは有名な存在だった。一時的にモノブライトのサポートメンバーとして参加していたこともある。
以前から一般男性と入籍しており、2015年には第一子の妊娠を発表し[7]、同年6月5日に出産したことを6月11日のサカナLOCKS!内で山口一郎が発表した[8][9]
キーボード・コーラス担当。北海道小樽市出身。愛称は「ザキオカ」「ザッキー」。
山口のアルバイト(レコード店)の同僚関係から加入。
パンが好物。
  • 江島 啓一(えじま けいいち、1981年7月8日(37歳) - )
ドラムス担当。北海道札幌市出身。愛称は「エジー」。
知人の紹介で加入。面白いバンドはたくさんいたが、一緒にやりたいシンガーソングライターはいなかった。だが山口一郎の歌は良いと思ったという[10]