◆Oasis live '25 at TOKYO DOME
16年ぶりとなる待望のoasis来日公演が、2025年10月25日〜26日の二日間、東京ドームで行われた。激しいチケット争奪戦の末、5万人収容のドームは当然満杯、会場の外にも音漏れを聴きに大勢のファンが詰めかけ、誰もが待ち侘びた復活ライブは、まさに超満員の盛況に終わった。
筆者も10月26日のDay2を観る機会に恵まれたが、これを超えるイベントはこれからの人生で経験できないだろうと思うほど、パフォーマンス・会場の熱量ともに最高レベルのライブだった。
スクリーン演出と共に "Fuckin' in the Bushes" が流れ出すと観客のボルテージは一気に最高潮に。メンバーがステージ上に姿を現した瞬間の歓声はドーム全体を揺らすほどの勢いで、今までの人生で感じたことがないような熱狂に全身が粟立つのを感じた。
一曲目の "Hello" から大シンガロングが巻き起こったが、「oasisの歌声と演奏は絶対に届けるから全員安心して歌え」と言わんばかりの高品質&大ボリュームの音響で、最高のパフォーマンスを味わいながらオーディエンスも好きなように感情を爆発させられる素晴らしい環境だった。
短めのMC(それでも日本とファンへの愛情が十分に感じられた)を挟みながらテンポ良く演奏し、"Fuckin' in the Bushes" も数えれば全24曲とかなりの曲数を披露。筆者はセトリの前情報をなるべく遮断して当日に望んだが、「あれも聴きたかった」と思う曲はまだまだあるものの、演奏された全てが聴きたかった曲で、oasisがアンセムだらけのモンスターバンドだということを改めて認識させられた。
全曲ベストアクトというべき出来だったが、個人的にベストオブベストを一曲だけ選ぶとすれば "Little by Little" 。元々かなり好きな曲だったが、恐らくこの日1番の声量でシンガロングされたサビ前の "And it just don't matter now" が失神モノのかっこよさだった。ワンフレーズで5万人をここまで一つにできてしまうoasisの偉大さに触れ、本物のスーパースターというのはこういうことなのかとつくづく思い知った。
また、やるかはわからないけどできれば聴きたい・・・と思っていた "Fade Away" も、イントロが始まった瞬間に思わず両手でガッツポーズしてしまうほど興奮した。「生きているうちに 子供の頃に描いた夢は色褪せていってしまう」「夢を見られる時にちゃんと見ておけ」という真っ直ぐに胸を打つ内容の歌詞もさることながら、疾走感溢れる泣きメロがたまらなくエモーショナルな一曲。学生時代にこの曲を聴きながら眺めた情景の数々が胸に去来し、"Dream it while you can/Maybe someday I'll make you understand" という歌詞が本当の意味で理解できた。「だけど、oasisを観るという夢は色褪せないままに叶いましたよ──」と、作詞したノエルに伝えたい気持ちに。
当日の東京はどこを歩いてもoasisのグッズを身につけた人を見かけたが、それでも実際にライブが始まるまで「今からoasisのライブを観る」と実感することはできなかった。この16年、再結成の噂は浮かんでは消えてを繰り返し、ノエルとリアムの各ソロでの活動はあっても、oasisとしてのパフォーマンスを観られることはこの先二度とないだろうと思っていたからだ。しかし、いよいよ目の前に現れたoasisは、直前になっても現実味を感じられないほど大きく膨らんでいた期待すら軽々と飛び越え、一生の思い出に残るライブを観せてくれた。再結成が発表されてから約1年間ずっと楽しみにしていたイベントが終わってしまった喪失感もあるが、きっとこれから先、また日本で素晴らしいパフォーマンスを観せてくれる機会があると思う。いつか来るその時を楽しみに、これからもoasisの曲を聴きながら日々を生きていこうと思えるような、本当に素晴らしいライブだった。
◆Don't Look Back In Anger
そんなoasisの言わずと知れた代表曲の一つが、今回和訳する "Don't Look Back In Anger" だ。もちろん今回のライブでも演奏され、1曲丸々特大のシンガロングが巻き起こった。
王道と言うべきミディアムテンポのロックバラードだが、とにかくメロディが美しく、サビの盛り上がりも素晴らしく、細かい点を語るのも陳腐なくらい誰がどう聴いてもド名曲という感じ。
バンド最大のヒットを記録した2ndアルバム "(What's the Story) Morning Glory?" に収録されており、リアムではなくノエルがボーカルをとっている。今回のライブでも感じたが、ノエルは本当に歌が上手い・・・。リアムのボーカルが最高なのことは言うまでもないが、この曲や前述のLittle by Little、個人的にはサプライズだったHalf the World Awayなど、ミドル〜スローテンポの温かい曲調のメロディには、ノエルの温かくて厚みのある優しい歌声がとてもよく合う。
代表曲だけあって和訳記事も数多く存在するが、歌詞の内容はかなり幅広く解釈できるものであり、訳の方向性も人によってかなりバラバラであるように感じる。特定の意味を持たせていないであろうフレーズも幾つかあるものの、曲として一貫性を持たせることを念頭に、一定の解釈のもとで全体を和訳した。
◆歌詞和訳
Slip inside the eye of your mind
Don’t you know you might find
A better place to play
心の瞳に滑り込んで そこから世界を見てみろよ
お前もわかってるんだろ?
そうしたらもっと良い遊び場が見つかるかもしれないってことを
You said that you’d never been
But all the things that you’ve seen
Will slowly fade away
そんなの見つけたことないってお前は言うけど
そうやって気づかないふりをしているうちに
全てはゆっくりと色褪せていってしまうんだよ
So I’ll start a revolution from my bed
‘Cos you said the brains I had went to my head
革命はベッドの上から始めることにする
難しく考えすぎるとおかしくなるよ、ってお前が言ったから
Step outside, summertime’s in bloom
Stand up beside the fireplace
外に出てみろよ、夏の真っ盛りなんだから
暖炉のそばから立ち上がるんだ
Take that look from off your face
You ain’t ever gonna burn my heart out
そんな顔でこっちを見るのはやめてくれ
もうお前じゃ俺の心は燃やせないんだ
And so Sally can wait,
she knows it’s too late as we’re walking on by
Her soul slides away,
“But don’t look back in anger,”
I heard you say
それでもサリーは待ち続けるのかもしれない
俺たちが共に歩んでいくにはもう遅すぎるってわかっているのに
彼女の心も離れていっているけど
「だけど、怒りと共に振り返るような思い出にはしないで」
そうやって言うのを聞いたんだ
Take me to the place where you go
Where nobody knows if it’s night or day
お前自身が行きたいところへ俺を連れて行ってくれよ
誰も知らないところへ
昼でも夜でも構わないから
Please don’t put your life in the hands
Of a Rock ‘n’ Roll band
Who’ll throw it all away
俺たちみたいなロックバンドなんかの手に人生を委ねないでくれ
きっと放り出しちまうだろうから
I’m gonna start a revolution from my bed
‘Cos you said the brains I had went to my head
ベッドの上から革命を始めよう
難しく考えすぎるとおかしくなるよ、ってお前が言ったから
Step outside ’cause summertime’s in bloom
Stand up beside the fireplace, take that look from off your face
外に飛び出してみろよ、夏の真っ盛りなんだから
暖炉のそばから立ち上がって、そんな顔をするのもやめるんだ
‘Cos you ain’t ever gonna burn my heart out
だって、もうお前じゃ俺の心を燃やせないんだよ
And so Sally can wait
She knows it’s too late as she’s walking on by
My soul slides away
“But don’t look back in anger,”
I heard you say
それでもサリーは待ち続けるのかもしれない
共に歩んでいくにはもう遅すぎるってわかっているのに
俺の心は離れていっているけど
「だけど、怒りと共に振り返るような思い出にはしないで」
そうお前が言うのを聞いたんだ
So Sally can wait
She knows it’s too late as we’re walking on by
Her soul slides away
“But don’t look back in anger,”
I heard you say
それでもサリーは待ち続けるのかもしれない
俺たちが共に歩んでいくにはもう遅すぎるってわかっているのに
彼女の心も離れていっているけど
「だけど、怒りと共に振り返るような思い出にはしないで」
そうやって言うのを聞いたんだ
So Sally can wait
She knows it’s too late as she’s walking on by
My soul slides away
“But don’t look back in anger, don’t look back in anger.”
I heard you say,
“at least not today.”
それでもサリーは待ち続けるのかもしれない
共に歩んでいくにはもう遅すぎるってわかっているのに
俺の心は離れていっているけど
「だけど、怒りと共に振り返るような思い出にはしないで
最悪な思い出として振り返ることはしないで」
お前の言葉はちゃんと届いてるよ
「少なくとも今日だけは」って
◆解釈とまとめ
以上、oasis の代表曲、"Don't Look Back In Anger" の歌詞を和訳した。文法的にはそう難しくないものの直訳では意味の通りづらい歌詞で、読み手の解釈に大いに委ねられるところではあると思うが、今回は「依存や執着からの脱却」が楽曲のテーマだと捉えて和訳した。
冒頭の1Aのフレーズから、主人公が語りかけている相手(=Sally であるとして訳している)は、自分が本当に行くべきところ、やるべきことから目を逸らしていることがわかる。"Slip inside the eye of your mind" で直訳は「心の瞳に滑り込んでみろ」となるが、これは「変なフィルターを通さず、正直な気持ちで世界を見てみろよ」という意味合いだと解釈して訳出した。何かに固執して、見えているはずの「もっといい場所」に気づかないふりをしているサリーに対し、そんなことをしている間にせっかく見つけたはずのものも色褪せてしまうと諭す主人公。そしてこうした構図は曲を通して繰り返し表現されている。
今よりいい場所について見て見ぬふりをしていたり、夏だというのに暖炉のそばで座っていたり、もう遅すぎるとわかっているのに待っていたりするサリー。主人公は、そんなサリーに立ち上がって外へ出るよう促したり、自分自身の行きたいところに連れて行くように提案してみたり、ロックバンド(をやっている主人公)に人生を委ねるなと諭したりしている。
しかし、主人公もそんなサリーに対して悪感情を抱いているわけではないように思う。サリーに対して燃えるような気持ちはもうないし、そうじゃなくてもいつか放り出してしまうかもしれないような自らの性格を自覚している。その上で、サリー自身の気持ちも本当は既に離れつつあることを見抜き、それでも依存や執着とも言えるような形で自分を待ち続けようとするサリーを解き放ちたいという愛情を持っている。しかもそこに強引さはなく、"Sally can wait" の "can" や、"her/my soul slides away" と過去形や完了系ではなく現在形での表現からは、緩やかな別離のプロセスとして今の状態を赦しているようなニュアンスが感じられる。
表題にもなっている"(but) don't look back in anger" は、「この関係が過去のものになっても嫌な思い出として振り返ったりしないでほしい」という、サリーの最後の願いだと解釈して訳した。そしてその言葉に対する "I heard you say" は、曲全体の流れを考えれば、ただ単に「聞いた」というニュアンスではなく、「確かに聞いた」「ちゃんと届いている」的な意味で訳すべきだろうと思う。
歌詞自体は恋愛関係あるいはファンとロックスターという関係性についての内容だが、そういったシチュエーションに限らない普遍的なテーマとして「依存や執着からの脱却」を描いた、過去への怒りや後悔に囚われずに前へと進むための勇気を与えてくれるような曲だと解釈している。
繰り返しにはなるが訳出の自由度が高い歌詞であり、加えてノエル自身も一部のフレーズについて自身の幼少期の思い出やジョン・レノン&オノ・ヨーコの "Bed In" からの引用だと発言しているように、全体的に一貫性を持たせて意訳してみたところで、作詞したノエルの意図とはかけ離れている可能性が多分にある。ただしそうだとしても、ノエルとリアムがそれぞれ自分の心の瞳に滑り込んでみた結果、oasisこそが彼らのBetter Placeであることに気づき、意固地になっていた感情から脱却して再結成をした(のかもしれない)という現実の状況を考えると、こういった解釈で味わってみるのも悪くないのではと思う。