【たむらけんじの節分の自由研究】津の観音さんが「日本三観音」と言われる由縁を探りに鈴鹿... 【たむらけんじの節分の自由研究】 津の観音さんが「日本三観音」と言われる由縁を探りに鈴鹿市国府町の府南寺さんに伺いました。新しくなった平田野中学校から北に100m行ったあたりです。 津観音さんの柱には観世音菩薩の看板と共に 「天照大神・御本地仏・国府阿弥陀如来」 とありますが、この国府とはまさしく鈴鹿の地名を指します。 (注・阿弥陀如来は観音さんのお隣の大宝院さんのご本尊です。戦後無住職の観音寺のお世話を大宝院さんが行っている関係と記述されています) 織田信長の弟の信包さんがこの府南寺の如来を津に持ってきたそうです。 本地仏(ほんじぶつ)とは神様仏様がこの世に形となって現れた化身という意味だそうで、神宮(伊勢)の天照大神の化身とあっては、津をスキップして伊勢だけをお参りしただけでは足らない。すなわち 「津に参らば片詣り」という語源にもなったそう。 ただ、この手の片詣りのいわれは香良洲神社などでも伝承されており、後に津をおさめることになる藤堂高虎公はじめ、当時のトレンドであった伊勢詣りのお客様をなんとかして引き込もうとしたことも想像できますね。 ちなみに「三大観音」ですとおこがましいので奥ゆかしく「三観音」と知人が表現しておりますので、わたしも勝手に支持しております。 個人的には三大であろうが有名であろうがなかろうが、歴史のあるものに手を合わせ気持ちを整理する習慣をいつまでも忘れないようにしたいと思います。 #節分 #津 #観音 たむらけんじさん(@tamuken_japan)がシェアした投稿 - Feb 2, 2018 at 3:21pm PST