今の主治医と脱ステ方法
今日も行ってきました。
先の書き込みのとおり、09年1月に脱ステを初めて以来、お世話になっているのが、名古屋市昭和区にある「○○はたこどもクリニック」。
ここは、日本人の先生が一人おり、そのほかに中国人の先生がもう一人。(妻によるとこの中国人先生はたぶん、土曜のみの診療とか)この中国人の先生が漢方に詳しく、漢方投与を得意とする脱ステ指導のクリニック。
ここの日本人の先生はとにかく口が重い人で、中国人の先生はよく話す。ので、私はとくに中国人の先生に指導を受ける感じ。実は、息子が卵アレルギーで一緒に診察を受けており、私は中国人の先生、息子のタイガと妻は日本人先生から話を聞いている、というのがパターン。
で、ここの方針が私の脱ステ方針となっている。その方針とは…。
・脱ステ開始初期にかなり辛い場合、プレドニン錠などステロイド内服薬を投与可。私の場合、だいたい2週間分ほどのプレドニンをたまらず内服したかな。それ以降はステロイドの内服は無し。
・漢方の煎じ薬、一番煎じを1日かけて飲み、二番煎じを風呂にいれ、漢方風呂。
・塗り薬は亜鉛華軟膏。あとは私が希望した紫雲膏。傷がグチュグチュしているところに亜鉛華軟膏を塗り、肌の再生を促したいところ、保湿したいところに紫雲膏、という使い分け。
・食事療法:砂糖、油を避ける。お菓子、スナックはもちろん、基本的には肉を避け、野菜中心の和食。酒も基本的にNG。玄米食や根菜など繊維質の多いものを食べる。体内にあるステロイドを一番効率よく排泄するのはやはり便。スムーズな便排泄を目指し、脱ステをバックアップする、という考え方。
以上が基本方針。これを主に中国人の先生に指導され、今でも実践してます。今は、脱ステ4.5ヶ月くらいかな。
それから、ここのクリニックのすぐ横にある調剤薬局「すぎやま」で販売していた脱ステ本、「脱ステロイドのアトピー治療/松田三千雄著」を買い、この本も自分の脱ステ参考にしている。
この本から得た情報から、アイロンで体を温める「アイロン療法」やインスタントだし排除、イーストコネクションを取り入れ、実践している。
脱ステ第1週目
そして、とうとう始まった脱ステ。
最初は全く自己流で、ネットで得た情報をもとに、とりあえず、ステロイド薬を止めることから09年1月21日にスタート。
2日目、3日目にはすぐに変化が…。
特に右胸が赤く腫れて、掻き破った傷口からはリンパ液が浸出。「これか…。」
間違いなく、一生のうちで体験したことのない痒みであるのはもちろんだが、痒みや湿疹以外にも驚きの症状が出てくることになる。
まず、悪寒。
これは、自分の副腎から副腎皮質ホルモンを長年分泌していなかったからだろう、一気に体内の副腎皮質ホルモン量が不足し、自律神経失調症のような症状として、体温調節が出来なくなったのだろう。
真冬ではあったものの、室温で暖かい場所にいても寒さで体がガタガタ震える。なのに、汗がダラダラ。手先は冷たいのに、この変な汗が辛かった…。
数日後の1月24日(土)にはこれはたまらん、と名古屋市昭和区にある、ネットで知った脱ステ知識のある皮膚科へ行く。
ここで、漢方薬を処方してもらう。このクリニックでは、日本人の先生のほかに中国人の漢方に詳しい先生もおり、漢方の立場からもアドバイスを受けることができる。今でも、この病院に通ってます。ていうか、明日も行きます。
このクリニックは処方箋方式なのだけど、クリニック横のすぎやま処方箋薬局には脱ステ、アトピー関連の書物などあり。
とりあえず、いきなりのとんでもない苦しみと不安のなか、スタートしたのでありました。
脱ステに至るまで
この奮戦記を始める前に、まずは私の脱ステに至るまでの経緯を説明しておこうと思います。
私は、まあ、アトピー性皮膚炎体質なんですが、自分の母親曰く、兄と比べたら幼少期は全く軽症だったらしい。
記憶をたどってみると、私が皮膚科医にかかったのは小学生の高学年くらいかな。足や腕の主に関節部分がカサカサ、掻いてしまってカサブタができるようになって、皮膚科医に行ってみようか、という感じだったと思う。
医師は、すぐに「アトピー性皮膚炎だね」と診断、薬を処方されたように記憶するが、母曰く、そこではステロイド薬は処方されなかったのではないか、という。
それから症状はあまり変わらず、高校性になってから安城市にある皮膚科医に祖母のすすめで行くようになる。ここで、ステロイド剤をワセリンで割った軟膏の処方を受ける。しかし、高校性の頃は本当にアトピー症状が軽くて、軟膏もいらないんじゃないか、と思ってあんまり真剣に塗っていなかったのを覚えている。
それから、高校の頃の留学、卒業後の留学、ともに肌の調子はよく、特にメキシコ留学時はほとんど薬を塗っていなかったように記憶する。これはストレスなんかもあるのかな。
それから帰国後、専門学校を経て就職。帰国後には実家、幸田町にある皮膚科に通うようになったが、ここでマイルドなステロイド軟膏を処方されたいたかも知れない。どちらかというとこの頃は抗ヒスタミン剤に何を使うと有効なのか、ということをよく医師に相談していた気がする。
それから就職とともに名古屋市中村区の皮膚科にかかり、ここではアレジオンなど抗ヒスタミン剤を内服しながら、リンデロン軟膏(ステロイド薬)を肌につける、というパターンが定着した。2002年くらいからスタートし、2009年初めまで続いた。
特に、2005年くらいは運動を色々と始めたりと、かなり調子も良かったのだが、2008年頃、息子の誕生、環境が変わったこともあり、また、ステロイド服用の時間も長くなっていたことから少しずつ悪化。2008年後半はかなり良くなかった。
中村区の主治医に相談したところ、それではステロイド剤の強さを強めようかという話になり、一気に医師への、というかステロイド剤への不信感が大きくなる。このまま今の方法を続けても良くはならない、と感じるようになる。
そこで、色々と調べてみるとステロイドを長期に使用することで起きるステロイド依存皮膚炎であることがわかり、2009年1月21日、脱ステロイドを開始。今に至る、ていうのがまあ、脱ステに至る経緯でしょうか。
