こんにちは


梅雨が明けた途端、厳しい暑さになりました。

みなさん、体調にはお気をつけください。



さて、今回は私も勘違いしていた、亡くなった子供の成長について…



私も含めお子様を亡くした大抵の親は、

「今生きていたら○歳だね。○○してあげなきゃ!」

という風に思っていると思います。

そんな話を先生にしたところ、


「そのように成長した姿を空想していると、

向こうに行った子供が実際に姿を見せられない事に負い目を感じて

悲しむんだよ」


と教えてくださいました。


なるほど・・・


うちの息子はず~っと5歳のままでいいんだって

遊び道具もお気に入りのものを、そのままあげていいんだって



成長した姿を空想すると、やはり若干の悔しさが込み上げてくるのですが、

あの時のままでいいのであれば、楽しい思い出を思い浮かべる事ができます


この安心感

向こうの息子にも繋がっているんだろうな




と、思う今日この頃でした。


いや~

前回のブログ、改めて読むと…



長~~~~~~~い




コンパクトを心がけます。



さてさて、修行の中で宗教についてもお話しがありました。

私の宗教は浄土真宗大谷派ということで、息子の葬儀もそれに倣い執り行いました。


しかしながら都会では雇われのお坊様。

なんか他人事(当たり前だけど)で、しっくりこない。


そんな時に嫁の知り合いの日蓮宗の御前様と知り合う機会があり、

本当に親身になって色々とお話しを聞いてくださるので、

それが縁で、新盆・一周忌・三回忌・開眼法要・納骨とお願いしておりました。


もちろん毎日のお勤めも日蓮宗のお題目。



どうもこれがいけなかったようです。

(宗教の事、明るくありませんので御了承ください)


息子は浄土真宗大谷派。私の先祖ももちろん浄土真宗大谷派。


御先祖様が息子をお迎えに来て一緒の所にいるんだけれど、

私たちが日蓮宗でお勤めをしていると、日蓮宗の処に行ってしまうらしい。


せっかく来た子孫が直ぐにいなくなってしまう御先祖様の寂しさ。

御先祖様に会えたのに、違う場所に行かされる息子の寂しさ。




御先祖様も息子も落ち着かない毎日を過ごしているんだと…


その落ち着かなさが現世の我々にも影響してくるのだと…




このようなお話しを伺いました。

それ以来、毎日のお勤めは念仏を唱え、出来るだけ阿弥陀経をあげることにしております。



宗教はいい加減にしていると大変なことになるらしく、皆さんもしっかりと自分の宗教を知っておきましょう。



今回も長いな…

ご無沙汰しております。

体調不良に続き、仕事がバタバタしておりなかなか更新できませんでした。

なんとか頑張って続けたいなと思いつつも、気楽に行きますよ!



精神修行

■自分を鍛える場

■自分を確立する場

■自分から逃げないように向き合う場



昨年夏、ひょんなご縁から滝修行にお誘いいただきました。


子供を失った悲しみから脱せないでいた日々…

そんな精神状態だからか仕事もカオスな状態の日々…


半信半疑ではありましたが(普通の人だったら当たり前だよね)、

現状が打破できればと、ご一緒させていただきました。


滝に入る機会は滅多にないと思い、人生で一度くらいは経験しておこうという興味本位のところも

正直ありましたが、やはり修行は甘くはありません。

滝の中では、自分自身の心と体を支えるのに精一杯でした。


生きていく中で周り方々の協力は必須ですが、

それ以前に自分自身という存在に筋を通さなければいけないなと痛感した次第です。



子供を亡くしたから精神的に弱っている

      ↓

時間は止まったまま、前なんか向けない

      ↓

鬱の傾向が出てくる

      ↓

人と会うのがつらい、社会で生きて行くのがつらい



私のたどった道筋です。

幸い私は変な責任感が強いので、鬱の傾向は自覚していましたが、

仕事はこなさなきゃいけないと、社会との関係を断つことありませんでした。

ただ必要最低限の関係だけでしたけどね。

それが良かったか悪かったかはわかりません。


でも今は少し前を向けていると思います。

何がきっかけか?


もちろん滝行もありますが、先生に言われた言葉。


「いつまでも子供のせいにしてるんじゃないよ!

(パパがこんなになったのは自分のせいだ…)

って子供が悲しむだろう!

ただでさえ親より先に行くことは親不孝なんだから、

これ以上余計なものを背負わせるんじゃない!」


グサッ!ときました。

確かにその時は何かにつけて「子供を亡くした」事を言い訳にしていたと思います。

自分が世界で一番不幸なんだ的なオーラ全開で、自分の苦痛から逃げていただけでした。

子供の事を考えているようで、実は自分の事しか考えていなかったんだなと実感しました。


もちろんこの言葉をかけて良いタイミングだったんだと思います。

このブログを見ている方の中で、お子様を亡くして時間が経っていない方には

この言葉はキツイでしょう。


亡くした子供とともに歩んで行かなくちゃいけないという心の準備が出来かかっていた時期だからこそ、

心に響いたんだと思います。

この気持ちにたどり着くまで2年を要しました。

時間が解決してくれるとは言いますが、子供を亡くした傷はそう容易く癒せません。

この傷は治すのではなく、一生背負っていく覚悟を決める、そう考えを変えるしかないのかなと思います。

なので今の私の心のバランスも、怪しげながら均衡を保っているという状態なのです。


この心のバランスを安定させるためにも修行が必要だなっと感じたわけです。


■自分自身を確立する

■子供の魂と一緒に歩んでいく


それが私の修行の目的です。



これからも修行の中で気付いた事をアップしていきますね。

宜しくお願いします。