不妊:魂のエンパワーメント その1 『頭でっかちな自分を何が変えたのか』
私たち、鳥蝶はタイ、バンコクを基点に世界中からの生徒さんを受け入れています。
オープン以来、世界中の方々の自己や世界と向き合うお手伝いをしてきました。
私たち自身がもっと色々な人々と触れ合い、人生を楽しみたい!
というのもあるのですが、
それ以上に世界が好転していく一助になりたい!
という思いもあります。
私がタイのアジア工科大学院(Asian Institute of Technology: 通称AIT)と言うところで、
博士課程に在籍していた時には、
農村のエンパワーメント(自力的な発展)を応援する活動の経済分析とやらを行っていました。
エンパワーメント研究と言うのは、現在でも開発学の人気のトピックで、
特に途上国、或いは先進国でも社会経済的マイノリティにおいて、
外部からの経済援助にはあまり頼らずに自分たちの力で発展していこう
という姿勢を研究するものです。
私は日本での修士課程まではコンピューターに向き合って、
地球温暖化について机上の空論レベルのものを振り回していたんですが、
もともと実家の祖父母は農家をしていたこともあって、
環境問題のフィールド(現場)で何かをしたい!と思ったんですね。
その後、色んなご縁があって、タイまでやってきたというわけです。
息子はその当時まだ生後4ヶ月でした。
私はAITの博士課程で色んな国々の学生や教授たちとエンパワーメントについて議論しました。
当初は
『本当にどうしようもない絶望的な生活をしているグループにこそエンパワーメントが必要なのだ』
と、勝手に思っていましたが、
研究を進めていくうちに、どうやら、エンパワーメントが必要なのは
一日の所得が1ドル以下の所謂『絶対貧困層』だけではないというのが分かってきたのです。
どんな所にもエンパワーが必要な層はいるのだな、と感じ始めてはいたのです。
しかし、まだまだ、実感として『誰』だとは分かっていませんでした。
そんな甘ちゃんの自分を一番大きく変えたのが、息子の病気でした。
一歳代で発症した息子の小児ぜんそくは当初はステロイド系の薬剤の摂取でどうにかなってきましたが、
だんだんと発作が大きくなり、
最終的には、一度、発症すると止められないほど強い発作が出るようになったのです。
そして、私は息子がいかんともしがたい病気になって始めて、
自分は体について全く知らないで生きてきた
ということに愕然としました。
高校までは保健体育など勉強しますが、
『受験に出ない』という理由で、
好き勝手に絵を描いたり、
眠ったり、或いは、他のクラスの宿題をやっていたような気がします。
(蛇足:これは笑い事ではなく、他の生徒も案外そうだったと思います。
日本中の進学校の高校生がこんな体たらくでは国力が低下するのは当然とも言えます。)
息子の病気は医療機関に頼りっきりです。
親として出来るのは、
『病院に連れて行くこと』
『嫌がる息子をあやすこと』
『お金を支払うこと』
ぐらいなものです。
残念ながら、医者でもない限り、親として出来ることは限られています。
私たちは徐々に強くなっていく発作に危機感を募らせました。
冨美江氏は独自の勘と観察力、
そして、母親としての嗅覚でもって、
東城百合子先生の自然療法と出会い、
それを少しずつでも毎日の中で実行していくことを提案しました。
初めは半信半疑の私でしたが、確かに『何かがある』と感じていましたので、
できることからスタートすることにしたのです。
タイ・バンコクの郊外での療養でしたから、
今のように強いハーブが手に入るわけでもなく、
手元にあるのはショウガやジャガイモぐらいなものです。
それで必死に手当てをするのですが、
息子の喘息は少しずつ収まっていったのでした。
そして、冨美江氏のブログにも詳しいのですが、
最終的には奇跡的とでも言う経過を通して、息子のぜんそくは完治しました。
この経験を通じて、心と体に大きな相関があることをやっと『理解』できたのです。
>>冨美江氏のブログ:看病当時を振り返ったもの
貧血気味で青白かった息子の顔も、今では血色が随分良くなり、
もう二年ほど医療機関のお世話になっていません。
この息子の体との対話を通じて、
何不自由なく暮らしている自分たち日本人であっても、
『心と体について深く知る』という、
エンパワーメントが必要だということに気づいたのです。
そして、数年前に自分たちの前に現れた婦人病においても、
同様に、『理解して、行動する』というエンパワーが必要なのだと、
勘の悪い自分はやっと理解始めました。
自分の取り組むべき問題は、文献を何百ページも読んで探さなくても、目の前にあったのです。
>> その2に続きます
オープン以来、世界中の方々の自己や世界と向き合うお手伝いをしてきました。
私たち自身がもっと色々な人々と触れ合い、人生を楽しみたい!
というのもあるのですが、
それ以上に世界が好転していく一助になりたい!
という思いもあります。
私がタイのアジア工科大学院(Asian Institute of Technology: 通称AIT)と言うところで、
博士課程に在籍していた時には、
農村のエンパワーメント(自力的な発展)を応援する活動の経済分析とやらを行っていました。
エンパワーメント研究と言うのは、現在でも開発学の人気のトピックで、
特に途上国、或いは先進国でも社会経済的マイノリティにおいて、
外部からの経済援助にはあまり頼らずに自分たちの力で発展していこう
という姿勢を研究するものです。
私は日本での修士課程まではコンピューターに向き合って、
地球温暖化について机上の空論レベルのものを振り回していたんですが、
もともと実家の祖父母は農家をしていたこともあって、
環境問題のフィールド(現場)で何かをしたい!と思ったんですね。
その後、色んなご縁があって、タイまでやってきたというわけです。
息子はその当時まだ生後4ヶ月でした。
私はAITの博士課程で色んな国々の学生や教授たちとエンパワーメントについて議論しました。
当初は
『本当にどうしようもない絶望的な生活をしているグループにこそエンパワーメントが必要なのだ』
と、勝手に思っていましたが、
研究を進めていくうちに、どうやら、エンパワーメントが必要なのは
一日の所得が1ドル以下の所謂『絶対貧困層』だけではないというのが分かってきたのです。
どんな所にもエンパワーが必要な層はいるのだな、と感じ始めてはいたのです。
しかし、まだまだ、実感として『誰』だとは分かっていませんでした。
そんな甘ちゃんの自分を一番大きく変えたのが、息子の病気でした。
一歳代で発症した息子の小児ぜんそくは当初はステロイド系の薬剤の摂取でどうにかなってきましたが、
だんだんと発作が大きくなり、
最終的には、一度、発症すると止められないほど強い発作が出るようになったのです。
そして、私は息子がいかんともしがたい病気になって始めて、
自分は体について全く知らないで生きてきた
ということに愕然としました。
高校までは保健体育など勉強しますが、
『受験に出ない』という理由で、
好き勝手に絵を描いたり、
眠ったり、或いは、他のクラスの宿題をやっていたような気がします。
(蛇足:これは笑い事ではなく、他の生徒も案外そうだったと思います。
日本中の進学校の高校生がこんな体たらくでは国力が低下するのは当然とも言えます。)
息子の病気は医療機関に頼りっきりです。
親として出来るのは、
『病院に連れて行くこと』
『嫌がる息子をあやすこと』
『お金を支払うこと』
ぐらいなものです。
残念ながら、医者でもない限り、親として出来ることは限られています。
私たちは徐々に強くなっていく発作に危機感を募らせました。
冨美江氏は独自の勘と観察力、
そして、母親としての嗅覚でもって、
東城百合子先生の自然療法と出会い、
それを少しずつでも毎日の中で実行していくことを提案しました。
初めは半信半疑の私でしたが、確かに『何かがある』と感じていましたので、
できることからスタートすることにしたのです。
タイ・バンコクの郊外での療養でしたから、
今のように強いハーブが手に入るわけでもなく、
手元にあるのはショウガやジャガイモぐらいなものです。
それで必死に手当てをするのですが、
息子の喘息は少しずつ収まっていったのでした。
そして、冨美江氏のブログにも詳しいのですが、
最終的には奇跡的とでも言う経過を通して、息子のぜんそくは完治しました。
この経験を通じて、心と体に大きな相関があることをやっと『理解』できたのです。
>>冨美江氏のブログ:看病当時を振り返ったもの
貧血気味で青白かった息子の顔も、今では血色が随分良くなり、
もう二年ほど医療機関のお世話になっていません。
この息子の体との対話を通じて、
何不自由なく暮らしている自分たち日本人であっても、
『心と体について深く知る』という、
エンパワーメントが必要だということに気づいたのです。
そして、数年前に自分たちの前に現れた婦人病においても、
同様に、『理解して、行動する』というエンパワーが必要なのだと、
勘の悪い自分はやっと理解始めました。
自分の取り組むべき問題は、文献を何百ページも読んで探さなくても、目の前にあったのです。
>> その2に続きます