神殿めぐり

神殿めぐり

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至高神ユピテル、ユーノー、そしてミネルウァを奉り、
共和制ローマ、およびローマ帝国において、国家第一の格式を誇る
神殿として尊重された。共和制末期の紀元前83年7月6日、神殿は
民衆派と閥族派の抗争の最中に全焼した。争乱の後に独裁官としてローマの
実権を握ったルキウス・コルネリウス・スッラは、直ちに神殿の再建を
指示し、その際、工事が停止していたアテナイのオリンピエイオンから
輸送された石材を、神殿の柱として使用したことが知られている[5]。
最初の神殿には、彩色と多くのテラコッタ装飾が施され、
その頂きにはウェイイの職人ウゥルカによるとされる、
クアドリガを駆るユピテル神像があった。