松林は、かなりの割合でマツクイムシで枯れてしまった。
枯れ松を伐採して新たに植林が進んでいます。
伐採した松林の高台に、コンクリートの建物が現れました。
 
1945年の末に、米軍が南九州、志布志湾に上陸する「オリンピック作戦」が予定されていたようです。
それを防ぐトーチカが造られたのです。
 
 
トーチカは3箇所あったようです。
米軍は総勢70〜80万人、空母、戦艦3000隻での作戦だったようです。たった3箇所で、とは当時の日本軍の末期的な状況を表しています。
この、8月に終戦になり我が町も沖縄みたいな悲惨な戦場になることは、ありませんでした。
もっと早く、ミッドウェー海戦で負けた時点で終戦しておけば、その後のたくさんの戦死者を出さずにすんだのに、と言っている人がいました。そうかも、しれません。
今日も、穏やかな海でした。