今朝も穏やかな海が広がっていた。
浜辺はハマゴウが紫の花をつけていた。
今日、地域の物産館に買い物に出かけた。
地域で取れた野菜や魚やその加工品を主に販売している。
鹿児島は、豚や鶏だけでなく、牛も盛んだ。
すき焼き用の肉も有り、今日はパック入りの肉が半額になっていた。
すき焼きにしたら、最高に美味かろうと思ったが年寄も
食べるから、どうだろう?と思い、パスした。
帰って、母とすき焼きの話をした。
死んでしまった父は、食い物にはうるさかった。
晩御飯の食卓を眺めて、オカズが少なかったり食べたくないもの
だったりしたら、機嫌が悪くなっていくのを、子供心に察知できた。
そんな時は要注意なのだった。
イロイロと子供に小言を言ったりして、当たるのである。
そんな時は早めに食事を済まして、食卓を離れるのに限る。
3歳上の兄は、そこらが解らなかったみたいで、ぐずぐず食べていたから
小言を一人で受けていた。
どんなことがあっても、すき焼きは父にとってはジョーカーみたいなもので
途端に機嫌がよくなる。トンカツもそうだった。
電気コンロにすき焼き用の鍋、鍋奉行は饒舌な父。
丸い食卓に4人囲む。
我が家の最高のひと時だったかもしれない。
こんな話をしていると年取った母は、ニコニコしてあの頃の顔と
二重写しになって見えくる。
僕にとってはすき焼きで厄介なことがあった。
鍋奉行が、まずすき焼き用鍋に牛のあの白い脂身をのせる。
十分に脂を出し、それから肉や焼き野菜等を入れ、砂糖、醤油を
注ぐ。
空腹には堪えられない甘い香りがしてきて、鍋奉行の「よし」の
声で、卵を溶いたお椀で食べ始めるのである。
「ケンは脂のところが好きだったな」と言って、鍋奉行殿がお椀に
取ってくれるである。
ブヨブヨしていて、決して好きではない。
脂身は我が家では取り出してなかった。
過去一度、食べさせられて「美味いか?」と聞かれ、「うん」と言っただけなのである。
子供心の鍋奉行殿に対するリップサービスだったのだ。
それ以来、「嫌いだ」とか、言えなくなったのだ。
すき焼きのたびに、あのブヨブヨを僕は脂を食べていた。
母は「それにかつ丼、うなぎも好物だった。結局、体に悪いものばかり
好きだったかも」
「だから、血圧も高く早くに亡くなった」
「結構、面白いお父さんだった」
今度、すき焼き食べようか。

