今日も暑かったですね。 この猛暑の中、ウィルスの力も落ちると少し期待していたんですが、そうはならないようです。 台風も来ており、不安が解消されません。 皆さん、気をつけましょう。
ここから先はあくまでも自分の私見です。 賛否両論があると思いますので不快に感じる方はどうぞご容赦ください。
8月になると、原爆投下、終戦の話をテレビ等で見かけることが多くなります。 日本が劣勢になった後、南方の島が次々と連合軍に占領され、ついに沖縄に上陸。 市民を巻き込んだ多大な犠牲者を生み、原爆投下、終戦に至った。その過程で起きた玉砕、神風。。 地獄のような戦地で兵隊の方が残した手紙、神風特攻隊の方々が出撃直前に残した手紙、読むに堪えません。近代になって唯一の敗戦は多くの悲しみを生みました。
日本は終戦を経ていい国になり、平和になった、憲法が改正され、戦争を放棄した。 自分たちが小学生の頃はそんな風に教育を受けた記憶があります。 あの悲惨な戦争を考えればもちろん同意しますが、一つ、常に心に引っかかることがあります。 日本は本当に変わったのか? 日本は武士道を通じ文化を培ったと本で読んだことがあり妙に納得しました。。武士道は、「生」を切り捨て、「死」そのものに価値を見出す。 それに対し、西洋の騎士道は、 「死」を恐れずに「生」の為に戦う。 これは近くて遠い。 現代日本人は 「死ぬために」 戦うのか? それとも「死を恐れずに」戦うのか?
日本人は出来る限り、合理的に行動しようとする。 狭い国土で共存するために、所謂京都的な文化、つまり、如何に本音を言葉に出さないで意思を伝えるか? そして根回し、合意形成という手段を取る。 これは恐らく戦前でも同じだったと思います。 平時には、この方法はとてもうまく機能するが、緊急時はどうか? 平時は、実現がほぼ不可能である完璧な「建前」と、運用の中の「現実」の要素を明文化して両方残した上で、妥協をする。 妥協は記録に残さないことが多い。結果、建前の理想だけが残る。 完璧を目指し、妥協を「手抜き」として考える日本の文化は、実現がほぼ不可能な「完璧な理想」 を目指すことを強いる。 今回のコロナにおいて、日本における感染者に対する非難は、他国に比べ非常に高い。 コロナに感染すると一斉に批判をされるわけです。 一部の人間のように観戦すべくして完成した人間に対しては、理解は出来ます。 但し、大半の方は非難に晒されるような事をせず感染している可能性がある。 この考え方は少し怖いです。何故なら、自分自身もそう思ってしまうかもしれないからです。自分もしっかり日本人なんですね。
常にベストを尽くすといういい側面を持ち、日本の経済における発展に寄与しているが、歯車が狂うと、まさにあの戦争の末期の日本人の行動につながる可能性があるような気がしてなりません。
尖閣で物騒な状況が続いています。そんな時だからこそ、あの戦争をしっかりと考えたいですね。