10代20代は本当に馬鹿だったな
高校は県では「ここ大事」進学校だった
高3の時はセンター試験のプレテスト
当時の国語は現文1現文2古文漢文ってあったけど現文2の途中までしか読めなかった
色々遠回りで24で就職
記憶にあるのは初めて大学のパソコンでメールを打つ時かな入力が突然英数字になってそのまま戻せず送信したこと
最初の会社ではシャットダウン知らなくて普通に電源ボタンを押して帰ってたこと
入社一年目の業務日誌にファンクションキーってなんだろうと書いたこと
見返すために国家資格欲しくて全選択式の宅建を受けたこと
振り返って今があるから笑えるけど酷かった人生
もはや給料もらいながらパソコンの勉強が出来るって割り切ってたし
毎日トイレ大でうんこ座りで仮眠
もちろん昼休みは爆睡
いやー酷い
よく、6年弱いれたものだ
当時の目標はお金もらいながらパソコンを覚えよう
勤怠入力のパンチャー的な作業は部内1番になろう
この2点だった
それでも危機感は一応あり人生逆転するならやっぱり国家資格だと専門学校に行き弁護士以外の士を見てみる
社会   保険  労務  士   
なんてカッコいい名前だろうと受験を決意
試験内容は全くわからない
自分のやばいレベルはこんな感じ
労働安全衛生法
試験科目の一つなだけなのにこんな長い言葉は試験にでるかも
ここからスタートだったな
1730会社終わって即専門学校
何故か眠くなる
当然寝るし録音してた
2130授業終わり
2230帰宅
30分で風呂と夕食もはや風呂場で食べてた
0130就寝
こんな生活だったなー
土曜日は15時間以上寝て
寝ないで月曜会社出勤
けど勉強してる時にこれは今の業務には遠くないことに気づく
これもまた凄い発見
当時は給与計算業務に配属だった
貯金するとお金ないからお茶は沸かしてペットボトルに入れ替えてたりもしてたし結構自炊してた
会社の飲み会ってのもほとんどなかった
試験は大きく分けて8科目
午前は記述
午後はマークシート
で共に各科目で足切りありって鬼みたいな構成
試験は勿論年一回
当時の合格率は5から8パーセントだった
出口のないトンネルを歩いてるような毎日だった
毎週サザエさん病で日曜は憂鬱だった