7月に相手に監護者指定され、その後、8月、そして今日と調停をしてきました。
監護者指定直後の調停においては、少し感情的になってたかもしれません。
しかし相手のように、終始感情的で、筋の通らないような主張をしたわけではなく、言いたいことを遠慮なく言ったってイメージです。もちろんこれまでもたくさん言ってきましたが、より強めにって感じです。
私は監護者指定は、特にこだわって取り組んでいました。なぜなら今後の親権の決定に大きく左右されるから。
自分でもたくさん調べ、弁護士にもたくさん相談し、担当弁護士でも知らない書籍なども主張書面に添付させたり、、
全て子供のためにです。
結果、監護者は相手になり、親子交流の断絶は継続したまま。
実は、私が子供を連れ去られる直前までの半年近く、私が子供を連れて相手方と別居をしていた時期がありました。
話せば長くなるので、その理由については一部省略して話しますが、その別居直前、相手方が精神疾患を患い、約1ヶ月もの間、医療保護入院をしていました。所謂、強制入院です。
退院後も妻の精神状態はひどく、私が1人で子供3人を見ながら相手もケアすることに限界を感じ、私自身も、適応障害(今はうつ病)を発症しました。
相手の両親の助けをもらおうと考えましたが、妻を入院させるまでの経緯にも関係することですが、相手の母親は、いわゆる西洋医学反対派であり、そもそも精神病では無いといい、精神病院への入院には反対、薬もダメの立場で、妻の病気についての理解、フォローは一切得られないような人であったため、相談しませんでした。
そんな状況の中、私は子供達の生活を守り続けることの難しさと自身のメンタル維持の観点から、自宅近くの実家は子供たちと共に生活拠点を移し、両親の協力を得ると共に、私は休職することになりました。
ただ、精神疾患の妻を1人にしておくわけにはいかないので、毎日自宅へ通い、ご飯を作ったり、買い物、洗濯など半年間、妻の生活を支えていました。妻からも感謝されることもありました。
当初、妻は通院も拒否していたことから、説得の上通院を促し、病院れ付き添い、次第に妻は元の調子に戻ってきました。
また別居中、妻と子供たちとの関係性を閉ざさないために、1週間に1回以上面会交流を実施に、こども園の行事なども一緒に参加していました。(冗談抜きでそれぐらいしてました。)
そんな中、妻からも、またみんなで一緒に生活したいと言われ、私や妻の体調、子供達の進学の時期など、色々な状況を踏まえ、また話し合いも重ねて、令和7年3月末頃から、同居を再開させました。
その約2週間後、妻は私が仕事中に子供を連れ去り別居。
今も連絡もつかず、どこで暮らしているかも分かりません。
先に述べたこれまで経緯については、審判書の事実認定欄にも記載されており、相手の主張するDVについても、しっかりと否定されております。
今日の調停で、調定委員に言いました。
「あなた方は、また【連れ去ったもの勝ち】を認めた。世の中には、こうやって苦しんでいる人が多くいることを、裁判官にも伝えて欲しい」
これを調定委員、調査官に伝えても、何も変わりませんが、彼らは黙って頷いて聞いていました。
おそらく彼らも、その【連れ去った者勝ち】がまかり通っていることを、認識しているのでしょう。
これが今の日本の現状です。