打ち合わせ終了帰宅。
明日。
朝から1本撮影やって、その足で「同業者の撮影撤収を手伝ってくれ」と。
ん?
つまり俺の車に「同業者の(膨大な)撮影セットを載せて帰って来い」と?
やなこった。
(車の)内装に傷が付く。
しかも俺の撮影じゃないし。
それそのカメラマンの責任じゃん。
そらまぁ、本来『カメラマンの車』ってぇのはそういうもんだ。
かつては俺もそうしてた。
家族用にBMWかメルセデス。
仕事用に国産ワゴン。
だが、
やなこった。
ま、俺もう家族いないしな。
けどさ、
仕事を基準にものを考えて何かいいことあったか?
あほくさ。
俺は「~の為」って選択や生き方はもうしない。したくない。
俺と『俺の味方』だけしか考えない(今までもそうだったはずなんだけどな)。
俺を蹴り落とした人が今この時間、のうのうとテレビを見て笑ってる、くつろいで居るのが理解出来ない。
恨んでない。悪く思っても居ない。
ただ、不条理だな。と。
いつかその報いは必ず来る。
だから俺が何かをすることは無い。その気も無い。
けど、
今に至るまで『自分がしたこと』に、全く自覚が無いんだろうな。
あほくさ。
ほんっとにあほくさ。
誰が人の為になんか動くか。
こう言った人が居た。
「人は何の為に墜ちるか? 這い上がる為だ」
墜ちたことの無いやつの考えそうな言葉だよ。
「墜ちた」んじゃない。
「墜とされた」んだ。
例え『50%が俺の落ち度』だったとしても。
悲しさ。悔しさ。不条理・・・そう言ったマイナスベクトルの感情は、それをプラス方向に変えられれば『何倍もの』力になる。
そうやって俺は生きてる。
それは俺と『俺を大切に想ってくれる人』の為だけに。だ。
