例えば。
例えば。だよ?
あくまで例え話な。
『クラウン・アスリート』をトヨタさんが一生懸命勧めてくれる。
「ガンメタでホイルもガンメタの19インチ、Kenさんきっとお似合いです」と。
それだ。
『この人ならこうなりそうだな』てやつ。
それ普通だよね?
納得のチョイスだよね。
そこを敢えて『エイエムジィ』に逝ってみる。
と、周りは「あー。うー」だ。
「Kenさん、スーパードライだよね?」と。
うんにゃ、俺、ビール飲まね。
相手は「あーうー」だ。
「まだタバコ吸ってんの?」
やめる気ねえもん。
肺に一点の曇りも無いもん(実証済)。
肺活量、全国平均男子高校生よりあるもん。
相手は「うーあー」だ。
感覚と想像と予想の『遥か斜め上』を行かないと、つまんないじゃん。
何が言いたいか解らない?
うん。
俺もわかんねい。
同業者からの『請け負い仕事』
撮影先が俺を指名し続けてくれる。10年近いかな。
今日、
「もうお嬢さんのお弁当作りから解放されました?」と。
ああ、俺、そんなこと話したんだっけ。
それ、何年前?
去年の今日。
3年前の今日。
7年前の今日。
俺はこの場所で、何を想い、何を考えていたんだろう?
写真の上がりはメンタルに左右される。
同じ様な撮影をしても、精神状態が露骨に出る。
精神的に不安定な方がいい写真が撮れる。
感受性が鋭くなってるから見えるものが違う。
俺の持論だ。
だからと言って「毎日しんどい方がいい」なんてことは全く思わないが。
どこかに書いたよね。
「いい写真を創れるってことは、どれだけ嫌なものを見て来たか?だ」
『Who is~』の頃の写真。
いい写真撮ってんなぁ。と思う。
あんなんはもう撮れない。
し、
撮れなくていい。
元々俺、そんなに写真好きじゃないんだよね。
単に、それしか人より上手に出来て、一生懸命になれるもの、命を掛けていいと思えるものが無かった。てだけ。
今朝方のLINEの続き、娘とやり取り。
沖縄は『T・REX』と一緒だったそうだ。
ああ。
この後ろ姿、そうか。
ふぅ~むむ・・
俺、ずーっと前に、こうも書いた。
「5年10年20年先の未来を共有することを想像出来ない人と今、一緒に居るのは人生を放棄してるに等しい。ただの労力と時間の無駄」
と。
俺、いいこと書いてる。
その通りだわ。
俺の離婚は間違ってなかったな。
彼女に言われた。
「お嬢さんが向こうに居る間は離婚に抵抗して、父子家庭になった途端、離婚に同意って・・」
「元家内さん、プライドずたずたじゃない?」
「愛してるから。って思わせておいて・・」
むははははー
そういう分析の仕方もあるんだなー
俺は一本気なんだろな。
融通が効かないんだろな。
それは『善い、悪い』を超越しちゃってんだよ。
人生に妥協すると、そのツケは後で何倍にもなって返って来る。
自分のしたことに言い訳は通用しない。
思い知らされるんだよ。
思い知れ。
我が人生、一片の悔いも無し。
