さて皆様、本日もご乗車まことにありがとうございます。
舞台は、雨に煙る長府の朝。
宿の朝餉はバイキング。湯気をほのかに立てる温泉卵に、粘り気の艶やかな納豆を一膳。さらに素朴なきんぴらごぼうを添え、静かに箸を運べば、旅人の身体にじんわりと熱が戻ってまいります。これぞ一日の燃料補給。
しかし空はご機嫌ななめ。しとしと、というには些か勢いのある雨が、軒先を絶え間なく叩いております。
バスに揺られること、わずか三分。
辿り着いたのは、時の堆積した城下町・長府。石畳に落ちる雨粒は細かく弾け、その一つひとつが、かつて此処を行き交った人々の足音のように耳に残ります。
なぜ此処へ?と問われれば、それはただ一つ。サイレント映画の時代、銀幕を彩った幕末の気配、その張り詰めた空気を、この肌で味わわんがため。
ご覧あれ、功山寺。

幕末、長州藩は二つに裂け、時代は大きく揺れておりました。そこに現れしは風雲児・高杉晋作!わずか八十余の志士を率い、この地にて挙兵。
雨に濡れた境内はひっそりと静まり返り、しかしその沈黙の奥には、確かにあの日の熱が潜んでいるかのよう。その瞬間の余韻が、今もなお空気に溶けております。

また、七卿落ちの記憶もこの地に影を落とします。
京都では尊王攘夷派の公卿たちが力を持っておりましたが、公武合体派(会津・薩摩)の動きにより、長州は京から退けられます。七人の公卿もまた官位を剥奪され、この地へと流れ着きました。
その歴史を思えば、降りしきる雨さえ、どこか重みを帯びて感じられます。

続いて長府毛利邸。

十四代当主・毛利元敏公の築いた邸宅は、静謐にして雅。濡れた庭石は深い色を帯び、芝は雨を含んで柔らかく光り、木々はしっとりと枝を垂れております。四季折々に姿を変える庭園は、今日は雨の装い。控えめながらも、確かな存在感で訪れる者に語りかけてきます。
侍屋敷の長屋、歴史博物館と巡るうち、雨もまた一興と思えてくるから不思議なもの。
三百円の傘一本、風雨と寒さに抗いながらの散策…これぞ旅の醍醐味であります。
さて、場面は長府駅へ。
厚狭までの切符を求め、各駅停車の旅路へと身を委ねます。
小野田、雀田、居能、宇部、新山口。車窓の景色は淡く流れておりますが、すきっ腹で食べた栄養補助食品〇〇消化のため、旅人は暫しの白河夜船‥‥。
やがて主役の登場。特急スーパーおき、二両編成。

新山口から鳥取までおよそ三百八十キロ、日本有数のロングラン列車でございます。
山口線から山陰本線へ。
進むにつれ空気は冷え、津和野あたりでは雨が霙へ、そして静かに雪へと姿を変えてゆきます。車窓に当たる粒が、やがて白く柔らかな結晶となり、世界を塗り替えていくその流れは、雪深い夢の世界へゆっくりと誘うかのよう…
悠々四時間のはずが、前方列車の信号故障により、まさかの一時間遅延。
五時間に及ぶ長旅。しかしそれすらも、最長片道切符の旅.苦行の一節と思えば、味わい深きものにございます。
出雲市に差しかかる頃には、風は荒れ、雪は舞い、暗闇の世界へと進むジーゼルエンジンはギアを上げる…。
旅人はただ、松江に無事到着する事を、出雲の神様に祈願するのみ‥‥
本日のゴール、松江に到着した頃、世界はすでに白銀の帳の中。
時刻は二十一時四十分。
駅前から徒歩五分のはずが、横殴りの雪に行く手を阻まれ、足元は滑りやすく、思うように進めません。息を白く吐きながら、慎重に歩を進めること約十分。
ようやく辿り着いたのは、カプセルホテル「キュービックルーム」。
外はすでに三十センチの積雪。

明日の運行は果たして…と一抹の不安を抱きつつ、窓の外を見やれば、街灯の下で白い粒がなおも狂うように舞い続けております。
されど旅人は、ただ眠るのみ。
次なる物語を夢に託して・・・おやすみなさい。
続きを、どうぞお楽しみに。





























