韓国の反日行動を抑制する方法(=1950年代の韓国民衆は親日だった) -5ページ目

韓国の反日行動を抑制する方法(=1950年代の韓国民衆は親日だった)

韓国はなぜ反日なのでしょうか?
実は韓国人は最初反日ではありませんでした。
それが初代大統領李承晩時代に反日教育を強化したのです。
その後70年、現在では韓国は正真正銘の反日国家です。
このブログではその当時の模様を綴っていきたいと思います。

 

 

・日本人記者と韓国人記者の対談!

・もともと韓国民衆は反日ではない

・韓国大統領が反日を煽った

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

なぜ日本人は韓国人から

 こんな理不尽な目にあわねばならないのか?

 それに対抗するために、「嫌韓」が必要です。

 なぜ「嫌韓」か?

 その秘密は無料リポートで!

 無料リポートはこちら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日新聞の日韓対談

 

 

朝日新聞に「日韓会談を阻むもの」として

韓国人の日本特派員と日本人の韓国特派員の対談が載りました。

その記事からリードの部分を引用します。 ※赤字は筆者

 

いくたびか決裂を見た日韓会談が

ふたたび開かれる機運にある。

しかしこの会談によって直ちに両国間の懸案が

ことごとく円満に解決されるだろうと期待することは、

これまでのいきさつからみても無理だろう。

それでは一体日韓関係の円滑化を阻害する原因

どんなところにあるのか。 ~略~

 

 

そして

「互いにズレた国民感情」 「投合う“不自然な言葉”」 

「“親日派”を恐れる」 「韓国 表と裏と別の態度」

 

と小見出しが続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この対談は昨年の記事としても通用しそうです。

 

 

しかしこの記事が載ったのは

1953年12月4日の朝日新聞です。

 

 

今から60年以上前から

同じようなことをやっていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意外に温かい韓国民衆

 

この対談は朝日新聞の津島朝鮮特派員と

ソウル新聞の金乙漢東京特派員との間で行われました。

 

 

金特派員の年齢については不明ですが、

金氏は日本の大学を卒業して大正十四年に

朝鮮日報に入社と書いているので、

対談当時は50歳を越えているだろう。

 

また津島氏は年齢が分かる手がかりはないが、

写真を見る限り30歳は越えていそうです。

 

 

 

つまり両者とも終戦の時には成人になっていたのです。

そして戦前の朝鮮半島をそれなりに理解している人物でしょう。

 

 

 

その両者は何と言っているのか?

 

 

 

 

 

津島  たとえば街の店に入る。

日本人ということがわかると主人が

まあ奥に入って座りなさい」といった調子で

温かい空気を感じるが、われわれが官吏を訪問すると

ガラリと空気が変る。実に冷たい

日本に対しての声明でも非常にきつい。

 ※赤字は筆者

 

 

 

 ここでは1953年当時に韓国へ行っていた特派員が

「韓国民衆の温かさ」に触れている。これは終戦8年後です。

 

 

 当然、津島特派員も店の主人の韓国人も

日本統治時代の事を知っているはずです。

それなのに日本人に対して非常に親切なのです。

 

 

 

 

 それはなぜか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ反乱が起きなかったか?

 

私たちは気付かなければなりません。

日本の統治がそんなに悲惨と搾取に

満ち溢れたものであれば、

どうして大戦中に朝鮮半島で

反乱が起きなかったのであろうか?

 

 

 確かに朝鮮半島と満州の間の「間島地方」等では

反乱部隊がいたが、それはほとんど山賊馬賊の類と変わらない。

 

 

そして大韓民国臨時政府などは

内紛ばかりでまともな活動ができていない

 

 

 

日本の支配が過酷であれば、

朝鮮半島内に一番多くの朝鮮人がいるのだから、

反乱を起こさないわけはない

 

 

 

 

事実、李承晩政権は韓国人が反乱を起こして打倒されている。

朴正煕政権でも何度も民主化闘争を行っている。

そして遂に1987年に韓国民衆の力で民主化

成し遂げたのではないか?

 

 

 

朝鮮人が搾取されていれば

大人しくしているわけがない。

 

 

 

つまり日本の統治は非常に良かったのです。

だから日本人の統治を知っている韓国民衆は

戦後も日本人を歓迎していたのです。

 

 

 

しかし反日が売りの李承晩はそれでは困るわけです。

「独立運動」しか能がないので、

“独立運動は正しい”としなければなりません。

 

 

それが独立をしたらもっと悪くなりましたでは、

自分の正統性を主張できない。

だから日本統治時代は暗黒時代でなければ

ならないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ日本人は韓国人から

 こんな理不尽な目にあわねばならないのか?

 それに対抗するために、「嫌韓」が必要です。

 なぜ「嫌韓」か?

 その秘密は無料リポートで!

 無料リポートはこちら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作られた反日

 

 もう少し、記事から引用してみよう。  ※赤字は筆者

 

津島  私が感じるのは韓国の新聞を

見ると日本が全然敵国扱いで、

日本に関する記事は表現にしても実に

最大級の表現でバトウしているし、

政府声明も日本に対する友好の心は見当たらない

これは不幸なことだ。

 

金   そういうことは自然なことではないから

日にちをかせげば落着くところへ落着くと思う。

 

 

 

津島記者が政府声明を「敵国扱い」と批判していることに対して、

金記者は否定していない。

しかも金記者は「自然ではない」ので「時間がたてば落着く」と

主張しています。

 

 

 

この当時の韓国人からは

”反日声明”不自然なものなのだ。

 

 

 

 

 

 

津島  

概して個人個人に当ると必ずしもそうではないが、

改まった話になるとやはり反日という色彩を

非常にはっきりさせてくる

しかしそれがいかにも苦しそうなのです。

何か親日に見られることをこわがっているといった

感じがするのです。

 

 

金   

それには原因がある。というのは、日本の敗戦と

同時に、韓国の政治の主導権を握ったのは、

大多数の国内の人ではなくアメリカなり中国から入った

政治亡命者たちだ。

 

最近フランスから朝鮮に帰って来た人の話でも、

商売がたきだとか、恨みがあると、

あれはドイツと協力したなどと密告して監獄に

入れてしまったりするといわれるが、それと全く同じく、

あいつはちゃきちゃきの親日派だといわれることが

こわいのです。

 

 

 

つまり敗戦国日本と仲がいいと、批判されるだけでなく、

監獄に入れられる。

 

それなら「親日派」とは死んでも言えない。

それどころか身を守るために、積極的に反日に勤しむ

 

 

 

元々、朝鮮民族は中華思想によって

日本人に対する蔑視思想を持っていました。

 

だから「反日」に反応しやすい素地はありました。

 

 

 

 

 

しかし現在の反日は戦後、李承晩が

自分の政権の正統性をつくるためのものです。

 

 

 

 

李承晩が自分の政権のために、

反日を煽ったのです

 

 

 

 

そして韓国民衆が反日ではなく、

日本人を懐かしく思っていたことは、

 

 

 

日本統治時代が

良い政治だったからではないか?

 

 

 

 

だから反乱も起きなかった

のではないか?

 

 

 

 

 

 

金特派員が言うように、

 

反日は不自然なのです。

 

少なくとも当時の韓国人からすると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ日本人は韓国人から

 こんな理不尽な目にあわねばならないのか?

 それに対抗するために、「嫌韓」が必要です。

 なぜ「嫌韓」か?

 その秘密は無料リポートで!

 無料リポートはこちら!