歯医者と春樹:真の恐怖とは
村上春樹の短編集「神のこどもたちはみな踊る」より
その日の昼休みにかえるくんが信用金庫の片桐の部屋にやってきた。「どうですか。東大熊商事のことはうまくいったでしょう」
片桐はあわててまわりを見回した。
「大丈夫。ぼくの姿は片桐さんにしか見えません」とかえるくんは言った。「でもこれで僕が実在していることは理解していただけましたね。ぼくはあなたの幻想の産物ではありません。現実に行動し、その効果をつくり出します。生きた実在です」
「かえるさん」と片桐は言った。
「かえるくん」とかえるくんは指を一本立てて訂正した。
「かえるくん」と片桐は言い直した。「あなたは彼らに何をしたんですか?」
「たいしたことは何もしていません。ぼくがやったのは、芽キャベツを茹でるよりはいくぶん手間がかかるかな、という程度のことです。ちょっと脅したんです。ぼくが彼らに与えたのは精神的な恐怖です。ジョセフ・コンランドが書いているように、真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖のことです。でもどうですか、片桐さん、ことはうまく運んだでしょう」
片桐はうなずいて煙草に火をつけた。「そのようですね」
「それでは昨夜ぼくが言ったことを信じていただけますか?ぼくと一緒にみみずくんと闘ってくれますか?」
『かえるくん、東京を救う』/村上春樹
*
人類にとって大切な想像力。
もしも誰も想像しなかったら、なにも創造されなかった
はず。テレビやロケットや電話機。あげたら切りがない
よね。
あるいは地球の反対の側の貧しい人達を想像できるから、
チャリティーができるはず。
けれど、想像力は諸刃の剣。時として自分を傷つけます。
今、あなたにはとってもとっても好きな人がいます。
その人に恋人はいるのでしょうか?わかりません。
けれど、あなたはその好きな人が恋人と抱き合っている
ところを想像してしまいます。そしてそれ以上のことも。
あなたが相手のことを好きなら好きなだけ、この想像は
あなたを身悶えするほど苦しめます。実は好きな人は
フリーなのかもしれないのに。
*
と、春樹まで引き合いに出して長々と回りくどいことを
書いてきましたが、僕が言いたいのは歯医者のことなのね。
しばらくのブログの沈黙は僕の声無き「ため息」と「憂鬱」
のせいです。
今日は歯医者で奥歯を抜く日でした。
ここ数日、何をしてもそのことが頭から離れませんでした。
今朝起きたら超ブルー。「また、ばっくれる?」
何度も心をよぎりました。
けれど思ったのが、歯医者に対する恐怖とは、多分自らの
想像力に対する恐怖ではないかと。
実は医療技術は発達していて、今までの心配が嘘のように
まったく痛くないのにも関わらず、あれこれ自分で恐怖を
想像して創造し、自分で首を絞めていたのではないかと
思ったのです。
つまり、さっきの話でいえば、自分で勝手に変な想像をして
苦しんでいるけど、実は相手に恋人なんていなくて、さらには
逆に自分のことを思っていてさえくれているんじゃないかって。
そして、今日のことついては多くを語りたくはありません。
淡い期待でした。(期待するから失望が生まれる)
奥歯を抜いている最中に、プルプル震える僕を見て先生が、
「あれ、なんで麻酔がうまく効かないんだろう?」
と呟きました。
あまりの激痛で、今まで自分でも聞いたことがないような
うめき声を僕は思わずあげました。
最後に「麻酔が効きにくい体質かもね」と先生は自分に
納得させるように言いました。
とにかく今、部屋でこれを書いていることに喜びを感じます。
なんとか生き残ることができました。
僕は思ったのですが、恐怖なんかよりも実際の肉体的な苦痛の
ほうが何倍もキツイです。皆さん、歯を磨きましょう。
最後に、勇気あるオレに乾杯。
(麻酔のため、今日は養老に寄れませんでしたが)
