プロローグ

 

 

 2021年6月、就職先を決めた大学4年生の私は残りの学生生活でやりたいことを考えていた。

 キャンプや釣り、金髪などリストには様々な行事が並んでいたが、その中の1つが「東海道五十三次」。江戸時代に整備された、江戸・日本橋から京・三条大橋を繋ぐ東海道を歩いて踏破しようという計画だ。

 

 そもそも、なぜこの旅をすると決めたのか。

 私は元より旅が好きだった。シンガポールに住んでいた高校時代には父親に連れられてクアラルンプールへ行くと1人で1日かけて街を見てまわり、大学時代には単身ニューヨークで二週間過ごしたこともある。そんな中で私には「旅とは一人であり、歩くことだ」という価値観が自然と芽生えていた。

 そこで今回、人生最後の長期休暇をどこへ旅しようか悩んでいたところ、コロナの影響で海外には行けないと言う。ならば行き先は日本しかない。いや、今一度日本を知るチャンスだ。社会人になる前に日本人として「日本とは何か」を考える良い機会ではないか。では、どこへ行こう。東海道を歩こう。

 こうして私の人生最大の旅、【T53プロジェクト】が始まった。

 

 旅に出るにあたって、まずは計画を練った。この段階で私はそのルートを初めて知ったのだが、改めて確認しておこう。日本橋を出て品川、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原へと続く。ここから東海道三大難所の一つである箱根を越え静岡県に入る。三島、沼津、原、吉原、蒲原、由比、興津、江尻、府中、丸子、岡部、藤枝、島田、金谷と未だ静岡県内。三大難所・宇津ノ谷峠を越えて日坂、掛川、袋井、見附、浜松、舞阪、新居、白須賀とここまでが静岡県。愛知県に入り、二川、吉田、御油、赤坂、藤川、岡崎、池鯉鮒、鳴海、宮へと続く。七里の渡しと呼ばれた舟での移動を経て、桑名、四日市、石薬師、庄野、亀山、関、坂下。いよいよ最後の難所・鈴鹿峠を越えると土山、水口、石部、草津、大津、そして京・三条大橋へと辿り着く。

 こうして書き連ねてみるだけでもかなりの長距離だ。実際、ある資料によれば日本橋から三条大橋まで一二六里六町一間、つまり495.6kmもあるという。さらに昔の人は一日30〜40km歩き、2週間ほどで踏破していたという。

 体力、脚力には自信があったものの、普段長い距離を歩き慣れていない私はいきなりこれに挑戦しては失敗すると思い、まずは前哨戦として山手線1周40km踏破に挑むことにした。

 

 そして7月、私はJ R田町駅を出発し外回りでの山手線1周を目指した。原宿、池袋、上野と約10km毎にチェックポイントを設けたが、実際には原宿、高田馬場、駒込、上野の公園で休みながら歩みを進めた。天気は終始曇りで途中雨が降ったりもしたが、様々な経験をした今では全体を通して歩くのに適した環境だったと思う。道中にもコンビニや公園など小休憩のできるポイントが常にいくつもあり、道も歩道がしっかりと整備され舗装されたとても歩きやすいものだった。

 しかし、結局43.09kmを歩ききったのだが、家に帰るなり「2度と歩かない。東海道も行かない」と強く思うほど気力も体力も削られていた。今回は荷物も少なく身軽なはずだがこの疲弊。東海道などとても無理だと諦めながら眠りについた。

 

 だが翌日、起きてみると前日の疲労感が爽快感に変わっていた。脚の痛み綺麗さっぱり消えている。「これはイケる」。

 幸せな勘違いをした私はいよいよT53プロジェクトへの本格的な準備に取り掛かった。