「理屈は正しくても、醜いのか。」
なんて事をふと考えてしまった。
どうやら、漫画の読みすぎだ。
美しくなりたいのと、正しくなりたいのと、両方、自分にあるようだ。
美しいのは、自己主張の強さ。
正しいのは、多数派の支持だったりする・・・のかな。
取捨選択して誰もが生きてきたのだと思うが、どうだろう?
フリーターだろうが何だろうが夢を貫くと言う事と、
社会保険に加入して税金をキチンと支払う事と、
どっちを選んでも悩みの絶対値は等しいのだろう。と思う。
その中から妥当な案件を探すのだろう。
それは、目標と言う。かくありたいと言うものである。
じゃあ、ゴールは何処なんだ?結婚も違うようだ。
結婚したら、一生懸命幸せを維持せにゃあならんからね。
かといって、死ぬ事がゴールだとは思わない。
なぜならゴールは華やかでなくてはならない。
つまり、今の世の中には、ゴールが無いような気がしてる。
無いから、行きたくない訳です。何処にも。
ニートとか世間的に言われてる人は賢い。そう思う。
賢いんだけど、冷たい目で世間から見られている。
希望が、無いんだから。実際、仕事してても無いんだからさ。
故に金儲けにしか希望を見出せないのだ。ま、金は欲しいよ。
夢を持つ事を、教育で植えられたが、結局、そんなのは持てなかった。
学生の時は老け込んでいた。あれはあれで、事情があったんだろうなと思うが。
歳をとる度に素直になるのか。それを後悔と呼ぶか。
今、夢や希望があるのか?全く新しいものをクリエイトできるのか?
って言う事を考えると、残念だが、テレビの画面を薄くしたり、携帯電話を小型にしたりだ。
だから、我々はこの時代に物足りなさを、モノが溢れているのに感じてしまうのだろう。
希望がナイター観戦しかないのだから。「テレビ?この箱スゲー」みたいな。
あげく国民の2極化を示唆する報道や書物。
そりゃあ自殺も増える。あくまで、いじめは原因の一つでしかないと。
自殺なんて希望があるやつはしない。
全く無くなってしまったから死を選んでしまうのだ。
じゃあどうする。希望だ。
金儲けは薄っぺらい。妥協しやすいからだ。
希望を持つより他に無いんだ。シェイクスピアだって言ってた。
正しい希望か、美しい希望か。残念ながらどっちも今は無い。
正しい希望も、美しい希望も、純粋な心が無いと持つ事ができないようだ。
この時代に言いたい事はやっぱり沢山ある。
こんな事を書いた所で事態は好転しない。
そう、それが、現実だ。
どんどん悪い意味で現実的になっている世の中なのだ。
全員が間違いなく、希望や、本気や、純粋になれるのは、今のところ恋愛だけだ。
ただ、恋愛は長くない。恋は感情的で良い、愛は維持する努力が必要だ。
本気で要るのが長いと疲れちまうから、長くない。
俺はこんな長々書いていて、何を言いたいのかと言うと、
今まで、希望を放出しすぎたのでは無いか。
無条件でひとつになりたい時だってある。
「美しい日本」になれば、今の嫌な現実味は薄らぐのか。
だから正しさと美しさは対極にあるのかもしれない。
大体、皆、正しさを選ぶ。これも半々位なら、肩身の狭い思いをしてる人は減る。