男泣き黒田と新井

 

背水の陣 黒田
新井 護摩祈祷 成就


広島を優勝に導いた男泣き黒田博樹投手(41)、新井貴浩内野手(39)
両ベテラン2人の涙の抱擁に、チームメートも続々ともらい泣きした。
 
マウンド付近の歓喜の輪で、黒田と新井が涙しながら
抱き合って喜びを分かち合った。

 

胴上げ投手となった中崎は「もらい泣きしました」。
安部も「もらい泣きしちゃいました」とこぼした。

 


新井貴浩は広島の主砲から07年オフ、阪神にFA移籍。

 

7年のシーズンをタテジマで過ごしたが「最後は広島で」と
戦力構想から外れつつあった阪神を退団。

 

阪神でレギュラーを失った14年秋。燃え尽きない思いを抱え、
自由契約の道を選んだ。真っ先に広島が声を掛けてくれた。

 

「帰れない。絶対に帰ってはいけない」。
繰り返した自問自答の末に最後は「もう一度やりたい」という心に従った。

 

批判は覚悟しても怖かった。
阪神移籍後最初の広島遠征でば声を浴びたからだ。

 

昨年3月27日のヤクルトとの開幕戦。
7回に代打で向かった復帰後初打席で本拠地の大声援を聞いた。

 

「どうして、こんなに応援してくれるんだろう…」。
にじむ視界で懸命に打った右飛。
記録上は凡打でしかない打席が宝物になった。

 

「喜んでもらうことでしか恩返しはできないと思った」。
完全燃焼の決意に私心はもうなかった。

 

39歳。
体が動かない時には、あの打席を思い出し、歯を食いしばった。

勝負の夏。

 

7月は打率・443で引っ張り、最大の分岐点だった8月7日の巨人戦で
はサヨナラ打で猛追を押し返した。

 

「誰かのため、何かのためを思ったときに、
こんなにも力が出るんだ…と思い知った。


もし広島に戻ってなかったら、もう辞めていたと思う」

2年前の秋、迷う背中を押してくれた一人が黒田だった。


決断を伝えた時に「次は黒田さんの番ですよ」と願望を添えた。

それが本当にかなった。


20代の頃に「優勝できたら…」と語り合った。
当時は淡い夢だった。

 

「おまえは野手を引っ張れ。俺は投手を引っ張っていく。
一体感のあるチームにしよう」と言われた。


7年間離れても交わした約束は忘れなかった。

4番で臨んだ集大成の一戦。


一塁手として最後につかんだ記念球は緒方監督に手渡した。

最後は赤く染まった左翼席へ走った。

 

「広島で優勝できるなんて本当に夢のよう
本当に皆さんのおかげです。ありがとうございました」。


やっと、お礼ができた。