日中韓国関係は かってないほど冷え込んでいる。
中韓は政府が内政の不満を反日に摩り替え 日本も一部の政治家が
島を領有化したり、お参りしたりなど 友好と言っておきながら
明らかに 火に油を注いでいる
日本国民をはじめ 中国 韓国の国民も 振り回されていい迷惑だ
ただ 最近は 日本人だけではなく 一部の中国の人も
この異常な状態を嘆き始めている
中国のネットユーザーの一人は文章の中で、日本と中国のブローカーが
緊密な関係を持っていることを分析したうえで反日的行為を批判、
「中国人よ、いったい何のための反日なのだ」と疑問を呈した。
文章の内容は以下のとおり。
今、国内は日本への敵視で満ちている。
しかし青年たちよ、改革開放から30年あまりの日中関係がいったい
どんな意味を持っているかを知っているのか。
日中の貿易関係は国交がなかった1950年代から始まり、
「半官半民」のスタイルで発展した。
60年代に中ソ関係が破たんすると、中国にとってはソ連や東欧に代わって
日本が技術設備の大きな供給源となった。
72年に国交が回復して政府間に貿易協定ができると、
両国の貿易はより大きく発展した。
85年には中国の対日貿易額が貿易総額の27.8%を占めるなど、
66年から約20年間は日本が最大の貿易パートナーだった。
90年代に入ると、日本企業の対中直接投資が急増した。
一時期香港に抜かれたものの、日本が再度中国最大の貿易パートナーとなった。
改革開放の30年で日本が最大のパートナーだった時期は18年、
国だけで見ると25年もの長きに及ぶのだ。
日中の経済関係を支える2本柱が、貿易と直接投資だ。
日本企業の対中直接投資が始まったのは1979年だ。
90年代前半には製造業を中心に投資が急拡大したが、後半に入ると
政治の影響や中国の外貨獲得政策に対する日本企業の不信感、
インフラ面での問題、さらにはアジア金融危機などにより、
99年まで4年連続で投資額が大幅に減った。
2000年になると、中国のWTO加盟機運の高まりを受けて、
日本の対中投資額は回復した。
日本企業が、日中貿易発展に大きな役割を果たしたのだ。
日中経済関係が持つ、中国の改革開放への意義として以下の3点が挙げられる。
1.日本の設備を丸ごと導入して技術貿易を行ったことにより、
日本が中国工業化における最大の技術提供国になった。
2.市場経済、工業化に向けた技術、管理、販売、人材育成といった
「広義の技術」や知識を手に入れることができた。
3.日系企業製品や、廉価で良質な中国製品が日本に輸出され、
日本が中国の工業化の吸収する重要な市場となった。
また、日本は改革開放後の中国に最も早く開発援助を始めた国である。
日本の対中ODAは円借款、技術協力、無償援助からなり、円借款が90%を占める。
1979年から2006年までに日本政府が中国に提供した円借款は
3兆2000万円にのぼった。
2007年度に約460億円の最後の借款を提供して、中国への円借款の歴史は終わったが、
無償援助と技術協力は継続される。
中国の現代工業はすべて日本の技術から発展したものだ。
日用品から重工業まで、どの鉱業にも日本の影があるというのに、
われわれは日系ブランドに取り囲まれているのに、なにがボイコットだ。
消費というものはどこかの島や政治のためにするものではない。
自分が快適に生活し、家族を愛し、法を守って仕事に励むというのが最高の愛国的行為だ。
愛国の皮をかぶって同胞を傷つけるようなことがあってはならない。
また 日本に2カ月前後滞在したという中国のビジネスマンが先日、日本が繁栄し、
かつ文明化された国であり、経済や社会モラルにおいて中国が学ぶべき点が多いと紹介した
まず、経済分野において中国は日本から学ぶべきだ。日本経済は1960年代から飛躍した。
戦後の20年で一流の経済国となり、五輪を成功させたのだ。
翻って中国は77年(文化大革命の終結)から37年が経つにもかかわらず、
なおも一流の経済大国入りが果たせていないうえ、1人あたりの平均収入も
世界の下位に甘んじている。
2カ月の訪日中に11都市を巡ったが、日本人の物質文明、精神文明について
深く感じさせられた。
例えば、網のように張り巡らされた東京の地下鉄はしばしば人が押し合うほどに混雑するが、
その最大の特徴は静かで整然としていることなのだ。
みんな順序よく乗り降りし、ぶつかって来る人もいなければ、他人の足を踏んで
ケンカになることもない。
そして、時間の正確さにも舌を巻く。
更に驚いたのは、自動車交通も秩序が守られていて、警察官が交通指揮を行っていないのに
歩行者もドライバーもちゃんとルールを守っていたことだ。
最も大きな驚きを覚えたのは、バスでさえ定時運行していたことだ。
中国はいつ、飛行機も列車も定時に運転できるようになるのだろうか。
社会モラルにおいても、日本を見習わなければならない。
日本人は公共の場所では他人に迷惑をかけないように小さな声で話す。
中国ではどこでも見られるような、大声で叫んだり、傍若無人に談笑したり
といった状況を1度も見なかった。
行列にはみんな自覚的に並び、割り込むような現象は見られない。
そして、友人や同僚に会ったときでもお互いにおじぎをする。
中国にも拱手という伝統的な礼節があったのに、
文革で消えてしまったのが残念だ。
日本人の民族精神は、自らの民族文化への敬愛にも現れる。
中国人は中国文化を愛してはいるが、リスペクトしているとは言い切れまい。
骨董品を見るや否や「いくらで売れる」などと考える人は多いし、
各地では墓荒らしが日常茶飯事だ。
工事現場で古いお墓が見つかれば途端に略奪状態となり、
貴重な遺体はその辺に捨てられる。
これが先人に対する中国人の態度だ。
日本ではみんなが文化財保護の意識を持っていて、墓をあばく人など見られない。
2カ月の旅を終えて中国に戻ったとき、発展した現代社会から
中世に連れ戻されたような感覚に陥った。
中国も日本も絶対的な「和諧社会」ではないが、総じて日本の方が
調和のとれた部分が多く、繁栄し、かつ文明化された国なのだ。
日本は もともと 中国から いろいろなことを学んできた歴史がある
両国民からすれば 政治家が お互い政治利害のために
ケンカを仕掛けていると気付き始めている。
もしかしたら わざとで 両国政治家同士カルテルが・・・・・・・
そんな事も 思えなくもない