「考える」とは、「インプット」を「アウトプット」に変換することを指す。「私は考えた」というのは、「私はあるインプットをもとに、なんらかの結論を出した。ある考えに至った」という意味である。自分が考えたつもりでも結論がなにも浮かんでこないのであれば、それは考えたことにならない。

考えられるようになる為には、情報から知識を切り離し、情報から「なぜ」「だからなんなの」と問うことが必要である。

知識は過去において、他の人がその人の頭で考えた結果である。なにかを考えろ、と言われたときにそれを頭の中から取り出してくるのは、「他人の思考を頭の中から取り出してくる行為」であり、自分で考えているわけではない。

「なぜ」とは、情報の背景を探る問いである。もうひとつの「だからなんなの」は情報を見てどう解釈し、どう反応すべきなのかと、その先を考える問いである。このように、日々目にする情報に「なぜ」「だからなんなの」と考えるクセをつければ、今まで見えなかったさまざまな社会の動きが見え始めるようになる。