最近子供さんや、お孫さんご学校に行かなくなってという話しをよく聞くので、自分の経験が参考なればと思い、記憶を辿ってみました。


  小学生の頃

娘はどちらかと言うとおとなしくて、友達は多い方ではなかったと思う。顔立ちは親バカですが、美人系なので、思いを寄せる男子はそれなりにいたようです。


小学生3年から始めた卓球🏓に夢中になって、全国大会出場を目指して頑張り続けた小学生時代、夢は叶わなかったが、充実した日々を過ごしていたと記憶している。


小6の全国大会予選、あと少しで掴めそうだった切符が、するりと手の中から抜け落ち、涙する姿は輝いていた。


  波乱の中一二学期


進学した中学校には卓球部がなく、その頃仲良しだった子と一緒にバスケ部に入った。何事にも真面目に取り組む娘は、同学年のバスケ部員の中では、浮いた存在だった。


卓球で鍛えられた素早く行動、先回りして準備という習慣がやがて疎まれるようになったのか。仲間外れのような状態になっていたらしい。


  学校に翻弄される


その頃、男子卓球部の顧問の先生から、練習に来ませんかと、誘われたとうれしそうに報告してきた。ただ、バスケットボール部に所属しているので、そちらの顧問の先生との話し合いが必要というようなことだった。


しかし、結果的には学校の方針として、男子部の練習に参加はさせられないし、中学の公式戦に所属する学校の名前で出場はさせられない、ということでした。


あまり表情には出さなかったが、落胆というか、小さなダメージの繰り返しで、娘の心は傷ついていっていたと思う。


  綻び始めた友人関係

時を同じくして、小学生の頃から一番仲良かった友人と、上手く行かなくなったらしい。きっかけはちょっとしたことで、話しかけた時に反応が微妙だったとか、そんなことだったと記憶している。


その頃から学校を連続して休むようになってきた。以前も休んでいたが、1日休めばまた登校していたので気にはなっていたが、大丈夫だと自分自身に言い聞かせていた。


そして、ほぼほぼ登校しない状態で年末を迎えたが、まだ年が明けて新学期になればという淡い期待を抱いていた。


そして迎えた新学期、期待通り新学期初日は元気に登校してくが、不登校児あるあるで、翌日からはまたいつも通りに戻っていた。


その頃には、朝呼びにきてくれていた友人達も徐々に来なくなっていた。


その2に続く。