総理の選挙運動費用収支報告書に違反があるという文春の報道。内容は領収書の宛名や但し書きが空欄だと言うもの。

 

問題の領収書へのリンク

 

この80万円の但し書きがない点に関しては経理担当のミスと言ってもいいと思う。

 

こちらは中華料理屋とドラッグストアの3000円程度の領収書だ。個人的には中華料理屋は脇が甘いように思う。そもそも載せることが危険だ(買収とか言われる可能性がある)。

 

実際問題として、選挙中にこの類の店で領収書の宛名欄に「岸田文雄選挙事務所」と店員に書いてもらうことが現実的ではないことくらい誰にでも分かるだろう。だからと言ってスタッフが宛名欄に書き込むのも不正だし、書き込んだのが分かると「筆跡が同一」と面白おかしく書かれる ※1。

 

但し書きはもっと非現実的だ。「お品代として」では叩かれるに決まっているから、具体的な商品名を書いてもらわないといけない。選挙の最中に店員とそんな話をしている時間などないだろう※2。これがダメだとなると、問題ない報告書を書いた人はいるのか?という疑問が湧いてくるレベルである。反論したければ野党の重鎮の選挙運動費用収支報告書を調べてみればいい。

 

 

法律はどうなっているのか、公職選挙法から抜粋。

(会計帳簿の備付及び記載)

第百八十五条 出納責任者は、会計帳簿を備え、左の各号に掲げる事項を記載しなければならない。

一 選挙運動に関するすべての寄附及びその他の収入(公職の候補者のために公職の候補者又は出納責任者と意思を通じてなされた寄附を含む。)

二 前号の寄附をした者の氏名、住所及び職業並びに寄附の金額(金銭以外の財産上の利益については時価に見積つた金額。以下同じ。)及び年月日

三 選挙運動に関するすべての支出(公職の候補者のために公職の候補者又は出納責任者と意思を通じてなされた支出を含む。)

四 前号の支出を受けた者の氏名、住所及び職業並びに支出の目的、金額及び年月日

 

 

(領収書等の徴収及び送付)

第百八十八条 出納責任者又は公職の候補者若しくは出納責任者と意思を通じてそのために支出をした者は、選挙運動に関するすべての支出について、支出の金額、年月日及び目的を記載した領収書その他の支出を証すべき書面を徴さなければならない。但し、これを徴し難い事情があるときは、この限りでない

 

(選挙運動に関する収入及び支出の報告書の提出)

第百八十九条 出納責任者は、公職の候補者の選挙運動に関しなされた寄附及びその他の収入並びに支出について、第百八十五条第一項各号に掲げる事項を記載した報告書を、前条第一項の領収書その他の支出を証すべき書面の写し(同項の領収書その他の支出を証すべき書面を徴し難い事情があつたときは、その旨並びに当該支出の金額、年月日及び目的を記載した書面又は当該支出の目的を記載した書面並びに金融機関が作成した振込みの明細書であつて当該支出の金額及び年月日を記載したものの写し)を添付して、次の各号の定めるところにより、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会(参議院比例代表選出議員の選挙については中央選挙管理会、参議院合同選挙区選挙については当該選挙に関する事務を管理する参議院合同選挙区選挙管理委員会)に提出しなければならない。

一 当該選挙の期日の公示又は告示の日前まで、選挙の期日の公示又は告示の日から選挙の期日まで及び選挙の期日経過後になされた寄附及びその他の収入並びに支出については、これを併せて精算し、選挙の期日から十五日以内に

二 前号の精算届出後になされた寄附及びその他の収入並びに支出については、その寄附及びその他の収入並びに支出がなされた日から七日以内に

2 前項の報告書の様式は、総務省令で定める。

3 第一項の報告書には、真実の記載がなされていることを誓う旨の文書を添えなければならない。

 

・領収書に必要な項目は「金額」、「年月日」、「目的」

・会計帳簿には上の3つに加えて「氏名」「住所」「職業」も必要。

・収支報告書は会計帳簿をもとに作る。

 

法律には宛名の記載に関しては何も書いていない。宛名が空欄だからと言って法律違反ではないように読める。

 

 

実際に選挙運動費用収支報告書の例を載せてみる。

 

 

の記載例より

 

支出の記載。

 

領収書を徴し難い場合の例(業界的には徴難と言う)。このページの例以外に、「銀行振込のため」は振込票を添付すれば認められる。この場合、但し書きは当然ないので費目は分からないのだが、会計責任者の言い分を認めることになっている。「領収書を発行しないため」は「通常発行しないよね」というようなものでないとダメなようだ。某県では「社会通念上領収書を徴し難いため」と書くように指導され、電車賃くらいしか認められなかったと記憶している。

 

 

杓子定規に法律を適用すると現場では何が起こるか。答えは、「条件を満たさない領収書を計上しないor政治団体の支出に回す」だ。無理に選挙運動費用収支報告書の記載額を増やす意味などないのだから、少しでも危険性がある領収書は計上しないのが正しいとなってしまう。こんなことで騒いでいる人が書かせたいのは「支出をすべて載せることよりも、条件を完全に満たした領収書のみを計上することを優先した報告書」なのか?という皮肉を言っておこう※3。文春の主張が正しいとなった場合、細かい支出は実務上計上不可能となってしまう。回避策としては「選挙運動一式に必要な部材を納入する会社に発注」した体にして一枚の領収書を業者に発行というスキームになるのではないだろうか※4。選挙事務所が直接購入した場合よりも、何を買ったのかさっぱりわからなくなるが、騒いでいる人のお望みはこういうことなのか?

 

 

と書いたところで、立憲民主党が2016年の都知事選で似たようなことをしていたのを思い出した(これは選挙運動費用収支報告書ではなく、政党の収支報告書だが)。「都知事選関連業務」で8500万円が一枚の領収書で処理されている。中身は不明だが、民間企業に内訳を聞いたところで答える義務はない。中身を隠すor詳細の領収書添付を省略するにはこの方法が一番手っ取り早いだろう。

 

 

上の報告書は以下のブログの使いまわしである。

 

 

ついでなので、「危険な領収書を載せない」は以前から発生していることも指摘しておこう。収支報告書に記載する住所は番地まで必要だ。領収書には住所が書いていない場合も多く、いちいち全部調べないといけない。特にタクシー代と駐車場代が調査困難である。この規定のために、住所が分からない領収書を選挙運動費用に計上しなかったり、政治団体の支出に回したりすることも多い(はずだ)。

 

 

※1 実務的にはハンコを持ち歩いてその場で押す という手段はあり得ると思う。

※2 店員に記入してもらうのが非現実的な例として、高速道路代、セルフのガソリンスタンドがあげられる。

※3 内容は何でもいいから騒ぐことが目的なのだろうが。週刊誌に関しては「誰が書かせたのか」という視点も必要なのではないか。今回の記事がどうなのかは分からないが、「明らかに敵対勢力が書かせただろ」というような(=一般人はそんなことに興味ないだろというような)記事も散見される。

※4 こう書くと脱法行為のように見えるが、毎回100均に行かずにアスクルで注文して、月に1枚の領収書にするのとやっていることは同じだ。「なんでも購入を代行して届けます」というサービスをしている会社はあるだろう。某大企業では、新しい業者と取引をするのが大変(コンプラ対策で、自明な場合でも反社チェックなどが必要)なので、この手の業者を挟んでいると聞いたことがある。選挙でも同じことだ。