不動産と喫茶のマスター@昭和レトロ

不動産と喫茶のマスター@昭和レトロ

昭和レトロをコンセプトとした不動産と喫茶のコンサルタントです。お役立ち情報や偶にどうでもいい話を自由気ままに発信します。
元喫茶店マスターで公認不動産コンサルティングマスターと言う2つの意味からマスターと名乗ってます。

元喫茶店マスターで不動産コンサルティングマスターの気まぐれシニアが空家対策・古民家再生・戸建投資やレトロ喫茶・カフェ開業について面白話やお役立ち情報を発信します。

こんにちは😃

マスター大谷です。

 

『私のプロフィールについて』こんにちは😃気まぐれマスターの大谷です。​プロフィール 大阪産まれの大阪育ちです。昭和49年から喫茶業界、昭和58年から不動産業界を渡り歩き色々な経験を積んで…リンクameblo.jp


 

懐かしき映画全盛期


私が小学校から中学校くらいまでの話ですが、映画館に行くと違う映画が3本観れました。

いわゆる3本だてというものです。


今なら考えられませんが、普通に何処の映画館でも、一回の入場料で映画が3本観れたんです。


今のように指定席や入れ替えもありません。


何回観ても良いんです。


映画館の中に一日中いることもありました。


面白かった映画は繰り返し観てました。


問題はお腹が空くことです。

一日中映画館の中にいるわけですから、当然お腹が空きます。


売店はありますが、売ってるのはコーヒーかラムネなどの飲み物かちょっとした駄菓子程度。


腹の足しになるような食べる物はほとんど無く、サンリツパンって言う名前の乾パンのような物か、トランプって言われてた、醤油味に青海苔を混ぜた丸いお菓子くらいでしたね〜


今ならポップコーンや唐揚げやら色々ありますが、当時は本当に困りました。


映画館に朝から行って、出る頃には外は真っ暗なんてこともありました。


今思えば・・映画館の中に食堂を作ってたら大繁盛してたでしょうね。


​私の住んでた街にも

私は子供の頃から、豊中市の庄内という所に住んでました。

典型的な下町です。


庄内という街は、人口密度が日本一と言われるくらい、大勢の人が住んでました。


駅前のダイエー通りと言われる商店街は、それこそ庶民で溢れ返り、行き交う人とすれ違うのも大変な所でした。


そんな庄内にも当時映画館が3館ありました。


邦画専門が2館、東映と日活です。もう1館は洋画専門。


当時は任侠映画真っ盛りの時代で、私は高倉健の大ファンで、1週間に一度は封切られるので、毎週東映の映画館に行ってました。


中学生の頃からでしょうか?日活が日活ポルノに路線変更し、程なく東映もポルノ映画が主体になって行きました。


もう映画斜陽の時代に入ってたんでしょうね。


​大人になってから

昔の庄内は本当に活気に溢れてました。

お世辞にもガラが良いとは言えない場所ですが・・


何故か分かりませんが、ヤ◯ザやホステスがいっぱい住んでました。


銭湯に行けば客の半分くらいは入れ墨が入ってました。


子供の頃から見慣れた風景でしたので何とも思いませんでしたが・・


そう言えば毎月来る保険外交のおっちゃんも、夏は半袖の下から入れ墨が見えてました。


当時は見慣れてたせいか普通のことに思ってましたが、今思えば変ですよね〜

​今は庄内も寂しい街

昔は庄内は本当に住みやすかった。

映画館だけじゃ無く、スーパーもお店もいっぱいあり、殆ど梅田に行くことはありませんでした。

何でも家の近所でこと足りてました。


変わったのはあの阪神淡路大震災からです!


多くのアパートや店舗や住宅が倒壊し、人が居なくなり寂しい街になりました。


あれだけ多くの人で溢れかえってたのが嘘のようです。


ケン◯ッキーも無くなりロッテ◯アバーガーも無くなりました。


勿論映画館も一件もありません。

喫茶店の数も激減しました。


肌感でいうと、人口はあの頃の2割くらいしか居ないような感じです。

子供時代に過ごした場所が何やらひっそりとしてて侘しくなります。


私の仕事の内容からすると、本当に悩ましい状況ですね。




今回はこの辺で・・ではまた!

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