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「嘘…って?」
「用事があるってのは嘘。用事なんかなかった」
「じゃあ、彼女に会ってたのは…?」
「あれは、突発事情」
俺は、早瀬から連絡が来て学校に行き、ついでにラーメンを食べて自宅まで送った事実を話した。
もちろん、早瀬がちょっと見せた感情や、俺が桜を待たせてるなんて嘘をついたことまでは話さなかった。
桜は落ち着いて俺の話を聞いていたから、俺が早瀬を手伝ったことや車で送ったことに対しては、特に怒ってはいないようだった。
結局、髪に触れさせたことも、とっさのことだったから仕方ないと思ってくれた。
今や桜にとっては、俺がどうして用事があるって嘘をついたか、そこが一番の問題になっていた。
俺は正直に言った。
「ちょっと、距離を置きたかったんだ」
案の定、桜は眉を曇らせた。
「誤解しないで欲しいんだけど、最近けっこうべったりだったし、なんかお前もちょっと…」
「重たくなった…ってこと?」
「違う。そうじゃない。お前は全然悪くない。俺の問題」
「少し、ひとりになりたかったとか…そういうこと?」
「まあ…そんなとこ」
「だったら、そう言ってくれればよかったのに」
「うん。でも、言いにくいじゃん。そんなの」
「言ってるじゃない。今」
「そうだな…」
しばらく、沈黙があった。
「なんか…俺、熱くなり過ぎそうだったから…」
「ダンスに?」
出た。天然。
俺は無邪気に首を傾げる桜を見た。
「…お前に」
「……///」
桜はパッと顔を赤らめると、俯いて、髪を耳にかけた。
「な、なにそれ///」
「ちょっと、冷ました方がいいと思って…」
しばらく俯いていた桜は、
「そんなこと、どうして思うの?」
と、顔を上げて、まっすぐに俺を見つめた。
ああ…その熱量。一途な瞳。
俺が千帆と暮らしてるときでさえ、偶然出会うと、桜はこの目で俺を射抜いた。
桜は俺を愛することを、迷わない。躊躇わない。
いつも、まっすぐな愛を俺に向ける。
「熱くなり過ぎちゃ…ダメなの?」
「だって…」
「だって?」
「火傷しちゃう…」
と言いかけた俺の唇を、桜はキスで塞いだ。
俺の頬を両手で挟んで、ちゅっ…と俺の唇を吸って…
「そんなの…怖くないもん」
と言ってまた唇を重ねた。
「怖くないよ…条くん」
桜は慈愛に満ちた目で俺を見つめ、まるで母親のように俺の頬を撫で、それから髪を撫でた。
「だから、条くんも…」
指先で俺の唇に触れ、視線を上げる。
桜の熱くまっすぐな瞳には愛が溢れている。
「…怖がらないで」
「…桜」
「愛し過ぎたって、条くんに奪えるのは、私の心と体だけだよ」
私の命までは奪えない。
桜は暗にそう言いたかったのか…。
「桜…」
たまらなかった。
火傷しちゃうなんて誤魔化して、ほんとは愛し過ぎることの何が怖いか、俺が何を恐れているか…。こいつには、わかってる。
佐倉を亡くし、千帆を亡くした俺が…ほんとは何を恐れているか…。
俺は、たまらず、俺の唇に触れている桜の手をどけて、唇を重ねた。