※何も手につかなかったこの週末。実は、まだ泣いてない。色々解散について考えることで、寂しさと向き合うことを避けてました。そして、やっぱり、まだ逃避する。こんな形で。
1
正門の楠が春の嵐になぶられている。
傘をさした生徒や保護者たちがパラパラと正門から出て行く。
条件部屋の窓を雨が伝って流れ落ちる。
「コーヒー入ったよ」
宝の声に振り向いた。
白い琺瑯のケトルを置く宝の逞しい背中。白いシャツに光沢のあるグレーのベスト。
今日は体育館で吹奏楽部のミニコンサートが催された。このご時世だから、午前と午後の二部に分かれ、観客を入れ替えての実施。
午後の部を終え、反省会を済ませたコンダクター宝は条件部屋でコーヒーを淹れていた。
(こんなときぐらいお疲れ様って俺か条が淹れてやれって?いやいや、コーヒーを淹れる行為じたいが宝にとっては癒しなんだって。だから俺たちは黙って宝の淹れたコーヒーを頂戴する)
俺は宝のそばに行った。
「おつかれさん」
宝の綺麗な横顔に向かって言う。
鼻筋の通った鼻。長い睫毛。
ベストよりワントーン濃いめのグレーのネクタイ。
紳士だ。整っている。
俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、宝に向ける。
宝がチラッと横目で俺を見る。
「なぁんで撮るの?」
目尻に笑い皺が寄って、宝の手がレンズを遮る。
「紳士だから」
「いいから」
俺はレンズを遮る宝の手を掴む。自然、手を繋いだ形になった。宝の片手はカップを持ち、俺の片手はスマホを持っている。
カシャッ。
照れ笑いしてレンズを甘く睨む宝の顔。
うん。満足。
澄ました横顔もいいけど、こんな甘い顔もいい。
ニヤけてたら、
「何をいちゃついてんだお前ら」
ってソファに寝転がったまま条が言った。