「条さん、こちら検査の結果です。陰性になりました」
主治医がやって来て、検査結果を見せてくれた。
「あ。どうも。じゃ、退院できるんですか?」
「ええ。おめでとうございます」
「ありがとうございます。どうも、お世話になりました」
「それから、こちらは…」
主治医はそう言って、もうひとつの資料を俺に見せた。
「うちの病院で回復された患者さんの抗体検査の結果をグラフにしたものです」
資料には患者ごとに抗体量が棒グラフで示されていて、一番右端のが飛び抜けて高かった。
「この一番右の数値が条さんのものです」
「…え?」
「あなたの体は、このウィルスに対する抗体を他の患者さん達の約10倍作り出しているということになります。だから一旦は重症になったものの、一気に回復できたんです」
「…へーぇ」
「以前もお話ししたように、免疫には個人差があります。一般に免疫が強い弱いだけでなく、ある特定のウィルスに対してうまく免疫が働くかどうかという差です。
条さんが早く回復できたのは、あなたの免疫機能がこのウィルスに対する抗体を作りやすい性質を持っていたからだと考えられます」
「なるほど…」
じっとグラフを見る。
回復した患者…ってことは、ここに健は含まれていない。俺の主治医は健の主治医でもある。
「じゃあ逆に、健の免疫はこのウィルスに対してあまり働かないってことですね…?」
俺はグラフを見ながら顎を撫でた。
抗体がうまく作れなければ、どうやってウィルスと闘うってんだ?
「で、健は今どんな状態なんですか?」
「それが、実は…」
主治医はそばにいた看護師に目配せすると、真剣な顔で俺を見た。
「大変危険な状態です」
え⁈
サッと血の気が引いた。
「き、危険…って…?」
「万一の時のために、奥さんとずっとビデオ通話で繋がっています」
「万一…って…」
やべぇ…。
思わず胸に手を当てる。その手が震えた。
落ち着け、俺。
「あ、あの…その…なんか打つ手はないんですか⁈」
「それなんです。実は、今回のウィルスに関しては、まだ非常に実験的な治療法で、様々なリスクもあるんですが…」
「やって下さい!なんだっていいよ!打つ手があるならやって下さい!そんな…健がこのまま…」
俺は頭を抱えて首を振った。
「あなたに抗体検査の結果を見ていただいたのは、血清療法についてお話ししたかったからです」
「血清療法?」
「簡単に言うと、回復した患者さんから輸血によって、抗体をもらうんです」
「…マジか」
俺は頭から手を離して、顔を上げた。
「や、やります!やって下さい!」
俺は腕まくりすると、主治医に腕を差し出して叫んだ。
「い、今すぐ血採って下さいよ!俺の!」