俺と聡美は一緒に校長のライブ配信を見た。
校長はいつになく神妙な顔をしていた。挨拶の後、本題に入った。
「該当する本校教職員についてインターネット上で取り上げられたような事実は、一切ございません。また、不要不急の外出もしておりません。校長として、責任を持って断言致します。
また、本校関係者の感染の有無については、感染拡大防止の観点から必要と認められる場合にのみ、情報を公開致します」
「井ノ原校長って、こんな真面目な顔できるのね…」
「当たり前だろ。この人真剣になったら怖いんだぜ」
「さて、みなさん。どのような場合にも、最優先して守られるべきは、人の命です。
憶測や推測で、いたずらに人の名誉や心を傷つけることは、その人の命を奪うことにも繋がりかねません。
また、誰かに向けられた誹謗中傷が、それを目にした人を不快にし、不安を抱かせ、健康な生活を奪ってしまうことだって、あるかもしれない。
休校中、どうしてもSNSに触れる機会が増えると思いますが、生徒のみなさんには、想像力と思いやりをもって、どうか正しくSNSを使って欲しいと思います。
それから…」
井ノ原校長は、ひとつ咳払いをすると、
「君の先生のことを知らない誰かの言うことなんて、気にしなくていい!」
と手をブン!と顔の前で払った。
「そんな誰かの言葉を信じて、あなたの先生を疑ったり不安になったりしちゃダメだよ?」
カメラに向かって指を差す。
「あなたの知ってるあなたの先生を信じてください。
あなたが見たまんまです!あなたが感じたまんまです!
それが、あなたの先生です」
両手を膝に置いて、ニコッと笑う。
「どうですか?なかなか会えないけど、思い出してくれたかな?みんなの大好きな先生は、休校中も頑張ってるよ!みんなに謝ったり弁明したりしなきゃいけないようなことは、何ひとつしてない」
力強く、温かい校長の言葉に、俺自身が励まされた。聡美はそっと俺の腕を取って寄り添った。
「だからね、何も話さなくていいよって私が言いました。みんなは先生のライブ配信見たかったかもしれないけど…まあ、今回は私で我慢してください。ね?」
その後、保護者向けに真面目な挨拶をして、ライブ配信は終了した。
「なんか…いいわねぇ…校長」
「うん」
「頼りがいのあるボスじゃない。名誉毀損で訴えるなら、荒木先生紹介するって校長に言っといて」
「フッ。こっちも頼りがいのある彼女だな」
「下劣な奴は許せないのよ」
「下劣な奴は悪知恵が働く。だから正攻法が効かないときだってある」
「じゃ、どう攻めるの?目には目を?あなたにたいした悪巧みができるとは思えない」
俺はちょっと考えてから、片眉を上げた。
「それ、褒め言葉?」
「もちろん」
「そっか。バカにされてんのかと思った」
「勘違い。ねぇ、どうするの?」
「放っておく」
「放っておく⁇」
「騒ぎを大きくしない方がいい。沙耶や聡美にまで火の粉が飛んだらどうする?」
「私だけなら『かまわないわ』って言いたいところだけど…」
「そうもいかないだろ?下手すりゃ真由美友まで…」
「そうね…でも悔しい」
「大丈夫。生徒は俺を信じてくれる」
「自信があるのね」
「そこだけは」
「そこだけ?」
「一番大事なところだ」