それから家に戻ると、ベランダを片付けて台風に備えた。
「よっし!」
手をパンパンと払って髪をかきあげる。我ながら完璧。
「どっからでもかかって来い!」
「ふふ…」
振り向くと、ゆかりがこっちを見て微笑んでいた。
「健ちゃん…頼もしい」
俺はかがんで、車椅子に乗ったゆかりにチュッてキスした。
こんな夜、ままならない体を持ったゆかりは、きっと俺より不安は大きいだろう。何か気が紛れるようなことしたいな。
「あ!忘れてた!」
ちょうどいいかもしれない。
「広報に載せる体育祭の写真選ばなきゃ。手伝ってくれる?」
「うん」
ゆかりを膝の上に座らせて、一緒にパソコンの画面を見た。
「いかにも体育祭っぽい写真で、できればあんまり生徒の顔がはっきりわからないやつね?バッチリ誰だってわかるやつはダメだから」
膨大な写真データを一覧表示してざっと見ていく。
「これは?カッコいいよ?」
ゆかりが指差した写真を見る。
「俺と条しか写ってないじゃん」
俺と条がリレーで競ってる写真だった。
「体育祭っぽいよ?」
「生徒が写ってないだろ?」
「難しいよ。顔がわかるのばっかりだもん」
「たしかに。昔はこういうのうるさく言わなかったんだけどなぁ…。今のご時世、そうはいかないからね」
画面を見るついでに、すぐそばにあるゆかりの横顔をチラッと見た。
いい写真を選ぼうと真剣に画面を見つめる表情が可愛い。
俺の役に立ちたいんだろう。
「いいのあった?」
「うーん。あ!ちょっと戻って。あ、違うか〜。ダメだー。あ!これは?」
くるくる変わるゆかりの表情。
「どれ?」
「これ!」
「あ!いいじゃん!これいいよ!」
その時、ゴオーッと風が鳴って窓がガタガタッと揺れた。
ゆかりがビクッと窓の方を見た。
「ひどくなってきたね」
「…うん」
「怖い?」
「…ちょっと」
大丈夫だよって言おうとしたら、
「でも大丈夫。健ちゃんがいるから」
ってゆかりが微笑んだ。
俺を頼りにしてくれるゆかりが愛しい。
「一枚だけでいいの?」
ゆかりがまたパソコンに向き直る。
「とりあえず、今の第一候補だね」
俺も後ろからゆかりを抱き抱えるようにしてパソコンの画面をのぞいた。
スクロールしていくと…
あ。
「あ、可愛い」
とゆかりが言った。
佐久間だった。
生徒と一緒にダンスしてる佐久間が連続して写っている。
「……」
スルーしよう。
あ。
なんだよ。
俺まで一緒に写ってんじゃねーか。
「あ、健ちゃん。…すごく楽しそう」
「…そう?」
スルーしたいのは、ゆかりが佐久間のことを気にしているのを知っているからだ。
ゆかりの一個下の後輩で、同僚とはいえ俺とは師弟関係にある、美人で、自由奔放な女。
まあ…ゆかりとしては、警戒すべき相手、になるのかな。
俺は窓の方に目をやった。雨が激しく窓ガラスを叩きつけている。
「…もう、寝ようか?」
ゆかりの顔を覗き込んだ。横顔にパソコンの明かりが反射している。
ゆかりがふいにこっちを向いた。
じっと俺を見る黒い瞳が揺れている。
俺は、いろんな傷みを乗り越えてきたゆかりの芯の強さを信じてるし、尊敬してる。
だけどその一方で、今みたいにゆかりが時々見せる頼りなげな表情に…男心を揺さぶられる。
俺は膝の上のゆかりをギュッと抱きしめて、低く囁いた。
「…大丈夫だよ」