抱いてしまえば、その場はおさまった。
だけど、それが一時凌ぎだってことはわかってたし、そのうち俺もそうやって誤魔化すことに、疲れてきた。
「なんでいつもソラを引き合いに出す?これは、俺たちの問題じゃないか?俺と、君の。
俺がソラを本当に愛してるかどうか、俺がソラに恋人の面影を重ねてるかどうか、それはアナが気にしてることで、ソラと俺の問題じゃない!」
俺は両手を広げて、アナを見た。
「俺とソラは上手くいってる!」
「それは、あなたがそう思ってるだけで、ソラは感じ取ってるわよ!」
「何を⁇」
「あなたが自分より他の誰かを愛してることをよ!」
「じゃあ聞くが、その、他の誰かが自分の実の母親だって知ったら、それでもソラは傷つくのか⁇自分は、父親が心から愛した女との間にできた子どもだって知ったら、ソラは傷つくのか⁇」
「そんな話はしてないでしょ?」
「じゃあ、何の話だ?」
俺は髪をかきあげて、アナに背を向けた。それから、また振り向いて呟いた。
「そろそろ、ソラに本当のことを話してもいいかもしれない」
「…そうね」
アナは腕組みして俺を見ていた。
「それはいつかは話さなきゃいけないことね。『あなたが母親だと思ってる私は、父親が心から愛した女じゃない』ってことを」
俺は額に手を当てて、首を振った。
「そういう言い方はやめろ」
「あなたがそう言ったのよ!父親が心から愛した女との間にできた子だって知ったら幸せだって」
「幸せだなんて言ってない!」
「でも、そう思ってるでしょ?私が実の母であるより、よっぽど幸せじゃないの」
「よせ」
「あなたの母親は単なる入れ物で…」
「やめろ!」
「『よかったわね。ソラ。私の本当の子じゃなくて』って」
「やめろっ‼︎」
俺はツカツカと歩み寄って、アナの両肩をガシッと掴み、その顔を覗き込んだ。
「君がいなきゃ…ソラはこの世に生まれて来れなかった…!君がいなきゃ…俺だって…今…ここにこうして生きているかどうか…わからない」
「…剛…」
「…俺がどれだけ君に感謝してるか…」
俺はアナから手を離して、後ずさった。
「なんで…わかってくれないんだ…っ!」
「剛…」
アナが眉をひそめて俺を見る。
「それは、わかってるわ。あなたが私に感謝してくれてること…それは、わかってる」
アナは辛そうに目を閉じて首を振った。
俺も、わかってる。
アナが求めてることは、心からの感謝じゃなくて…男女の愛の親密さだってこと。
アナの寂しさは、やがてベッドでは埋められなくなっていき、俺も騙し騙し夫婦でいることに疲れてきて…
ソラに出生の秘密を知らせないまま、俺たちは別れた。
アナにこれ以上寂しい思いをさせたくなかったから、親権はアナに譲った。