※ラストノート…残り香
四月。ヴィクトリー校の入学式。
入学式も卒業式も、うちは吹奏楽部の生演奏が式を盛り上げる。
そして、吹奏楽部を指揮する宝に、保護者の視線が釘付けになる。(新入生の席からは振り向かないと見えない)
ベストを着て白いシャツを腕まくりした宝の、指揮をとる後ろ姿。あるいは横顔。
逞しい体で力強く、かつ優美にタクトを振り(特に、タクトを持ってない方の手の肘から指先の動きが繊細で俺は好きだ)、演奏が終わると速やかに台から降りて、来賓や保護者に一礼し、教員席に向かって歩く。
その一連の動きに保護者が思わず見惚れている。それが、さすがの鈍い宝にもわかるのだろう。
式の主役じゃないのに注目されたことで困惑して照れている表情がまた、可愛いんだよなぁ。にやにや。格好良さと可愛さのギャップ。
「久しぶりだな。宝の指揮」
俺は隣席の条に肩を寄せてボソッと囁いた。
卒業式の時は担任をしていたから、宝は指揮ができなかった。(代わりに吹奏楽部の部長がやったんだけど、指揮者によって演奏の出来がまるで違うってことを改めて感じたな。)
「そうだな」
「あいつベスト似合うよな。それに、タクト振ってると二割り増し」
宝が照れを隠すように口元に手をやり、少しかしこまった顔で教員席に戻ってきた。
俺は、隣に腰を下ろしてジャケットを着る宝の肩をパンパン叩いた。
「お疲れ。すげーかっこよかった。見ろよほら。奥様方の目ハートんなってる」
って保護者席の方に目をやって宝に囁くと、宝も上目遣いで保護者席を見た。
それから俯いてポケットからハンカチを取り出し、無言で額の汗を拭う。
可愛い。照れてやがんの。
三連脚のパイプ椅子に並んで座ってるから、俺の左肩は宝と、右肩は条と触れそうな密着度。
条はまだしも、宝はガタイがいいから、ほんと圧を感じるんだよな。
宝の体から、上昇した体温ってか熱が伝わってきて、こっちまで暑くなってきちゃった。
その上、宝の爽やかでセクシーな匂いがそこはかとなく漂ってくる。
俺は宝の肩に鼻先をつけて、くんくんと匂いを嗅いだ。
「んふふ…っ。ちょっと健くん…」
宝がヒソヒソ声で言って、肩を離した。
「なにやってんのお前ら」
条に言われて、俺は条の方を振り向いた。
条は眉をひそめ、キラキラした瞳で俺を非難するように見てる。
「え?だって宝、いい匂いすんだもん」
「しぃないよ。式の途中だから。健くん、じっとしてて」
って宝が囁いて、条がフッと笑った。
黒のスーツに細いネクタイをした条は、華奢なんだけど男っぽくて、いつもながら色気がダダ漏れてる。
そして、条もまた、いい匂いがすんだよな。
俺は今度は条の方に体を寄せた。
肩をくっつけたけど、条は逃げなかった。